行人かうじん)” の例文
予はしばしば、同氏と神を論じ、神の愛を論じ、更に人間の愛を論じたるの後、半夜行人かうじん稀なる築地居留地を歩して、独り予が家に帰りしを記憶す。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
数寄屋橋すきやばし門内の夜の冬、雨蕭々せう/\として立ち並らぶ電燈の光さへ、ナカ/\に寂寞せきばくを添ふるに過ぎず、電車は燈華燦爛さんらんとして、時をさだめて出で行けど行人かうじんまれなれば
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ほんの一瞬間だつたから、顏立ちも何もわからなかつたが、銀杏返に結つたほつそりした娘で、行人かうじんの足音に目をあげて往來を見た時、三田の視線と視線が合つた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
白晝ひる横頬よこほゝあつほどけたが周圍あたり依然やつぱりつめたかつた。ほりあさみづにはれもつめたげに凝然ぢつしづめたかへるだまつてかれた。とほ田圃たんぼかれ前後ぜんごたゞ一人ひとり行人かうじんであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
萠野ゆきむらさき野ゆく行人かうじんに霰降るなりきさらぎの春
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
萌野もえのゆき紫野ゆく行人かうじんあられふるなりきさらぎの春
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
行人かうじんの古めく傘に、薄灯うすひ照り、大路おほぢ赤らみ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
一年ばかりたつたのち、彼の詩集は新らしいまま、銀座ぎんざ露店ろてんに並ぶやうになつた。今度は「引ナシ三十銭」だつた。行人かうじんは時々紙表紙かみべうしをあけ、巻頭の抒情詩に目を通した。
詩集 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
狩野芳涯かのうはうがい常に諸弟子しよていしに教へていはく、「ぐわの神理、唯まさ悟得ごとくすべきのみ。師授によるべからず」と。一日芳涯病んです。たまたま白雨天を傾けて来り、深巷しんかうせきとして行人かうじんを絶つ。
「それから」「門」「行人かうじん」「道草」等はいづれもかう云ふ先生の情熱の生んだ作品である。先生は枯淡こたんに住したかつたかも知れない。実際又多少は住してゐたであらう。
しかし行人かうじんたる僕の目にはこの前も丁度ちやうど西洋人のゑがいた水浴の油画か何かのやうに見えた、今日けふもそれは同じである。いや、この前はこちらの岸に小便をしてゐる土工があつた。
支那に路上春をひさぐのぢよ野雉やちと云ふ。けだし徘徊行人かうじんいざなふ、あたかも野雉の如くなるを云ふなり。邦語にこの輩を夜鷹よたかと云ふ。ほとんど同一てつに出づと云ふべし。野雉の語行はれて、野雉車やちしやの語出づるに至る。