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およそ読易よみやすく、わかり易く、言語一様の文章を記して、もって天下にき、民の知識を進ましむるものは、もとより学者・教師の任なり。
平仮名の説 (新字新仮名) / 清水卯三郎(著)
彼は倚凭よりかかって眺め入っていた田圃たんぼわきだの、いていた草だの、それから岡をよぎる旅人の群などを胸に浮べながら帰って来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
E子をはじめクラスの仲間も放課後はここに来て若草をき、犬を中心に大きな円陣を二重にも三重にもつくって早春の日を浴びて遊ぶのであった。
愉快な教室 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
されば事に任ずる者、口にくことを得て、殿下文臣をちゅうすることを仮りて実は漢の王の七国にとなえて晁錯ちょうさくを誅せんとしゝにならわんと欲したもうと申す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
フィオレンツァよ、汝はいと大いなるものにて翼を海陸の上にち汝の名遍く地獄にくがゆゑに喜べ 一—三
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そこで私たちは燕麦の刈り跡に新聞紙をいて、寝ころんだが、雲は白いし、いい機嫌で気焔のあげっこだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
青草をいてすわれ。あらゆる因襲的なる価値意識より放たれて、裸のままにほうり出されたる一個の Naturkind として、鏡の如き官能を周囲に向けてみよ。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
その木の下まで行けば、向うは眼開がんかいがひろくなつて、富士山がすぐ眼近に見える。村の人は富士見の松と云ひならはして居る。二人はそこまで行つて草をいて腰を下した。
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
今夜は宿が見つからず、山蔭やまかげの渓谷の大樹の下に草をいて、四人がごろをしている。
道は少したひらかになりぬ。とみれば一群の牧者あり。草をきて朝餉あさげたうべて居たり。我馬夫は兼て相識れるものと覺しく、進み寄りて手まねするに、牧者は我等にその食を分たんといふ。
魏の李恵りけい雍州ようしゅうに刺史たり、薪を負う者と塩を負う者とあり。同じくたんゆるめて樹蔭に憩う。まさに行かんとして一羊皮を争う。各〻背せなける物と言う。恵がいわく、これ甚だ弁じ易しと。
見るみづから省みて感深し草をいてしばらく川に對す
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
刈り倒された青草をいて二人は腰を下ろした。
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
半ば狂へる妻は草をいて坐し
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
草を
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
何時いつの間にか彼女の心は、蝗虫いなごって遊んだり草をいて寝そべったりした楽しい田圃側の方へ行って了った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その木の下まで行けば、向うは眼界がひろくなつて、富士山がすぐ眼近に見える。村の人は富士見の松と云ひならはして居る。二人はそこまで行つて草をいて腰を下した。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
ける花束はなたばのくづ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
源は御茶番の側を通りぬけて、秣小屋まぐさごやの蔭まで参りますと、そこには男女おとこおんなの群の中に、母親、叔母、外に身内の者も居る。源の若い妻——お隅も草をいて。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
岸本がそこへ行って草をき足を投出して見た時は、あの四時間も五時間も高瀬と一緒に警察署のわきに立ちつづけたような巴里の混乱からのがれて来たというばかりでなく
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その田圃側たんぼわきは、高瀬が行っては草をき、土の臭気においを嗅ぎ、百姓の仕事を眺め、畠の中で吸う嬰児あかんぼの乳の音を聞いたりなどして、暇さえあれば歩き廻るのを楽みとするところだ。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
よく行って草をいた牧場にも、赤々とした屋根や建築物たてものの重なり合った対岸の町々にも、リモオジュ全体を支配するようなサン・テチエンヌの高い寺院の塔にも、別離わかれを告げて行こうとした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
岸のほとりの草を
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
岸のほとりの草を
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)