荷船にぶね)” の例文
夕焼ゆうやけの空は堀割に臨む白い土蔵どぞうの壁に反射し、あるいは夕風をはらんで進む荷船にぶねの帆を染めて、ここにもまた意外なる美観をつくる。
どの運河カナルの水も鏡のやうに明るくてゐどのやうに深く、その上に黄いろくんだ並木や、淡紅うすあかく塗つた家の壁や、いろいろにいろどつた荷船にぶねやが静かに映つて居るのを見ると
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
たちまともしびの光の消えて行くようにあたりは全体に薄暗く灰色に変色して来て、満ち来る夕汐ゆうしおの上を滑って行く荷船にぶねの帆のみが真白く際立きわだった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たちまともしびの光の消えてくやうにあたりは全体に薄暗うすぐらく灰色に変色へんしよくして来て、満ち夕汐ゆふしほの上をすべつて荷船にぶねのみが真白まつしろ際立きはだつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一しきり渡場わたしばへ急ぐ人の往来ゆきゝも今ではほとんど絶え、橋の下に夜泊よどまりする荷船にぶね燈火ともしび慶養寺けいやうじの高い木立こだちさかさに映した山谷堀さんやぼりの水に美しく流れた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
河のおもては悲しく灰色に光っていて、冬の日の終りを急がす水蒸気は対岸の堤をおぼろにかすめている。荷船にぶねの帆の間をばかもめが幾羽となく飛びちがう。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かはおもては悲しく灰色に光つてゐて、冬の日のをはりを急がす水蒸気すゐじようきは対岸のつゝみをおぼろにかすめてゐる。荷船にぶねあひだをばかもめ幾羽いくはとなく飛びちがふ。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
水際には古雅な形の石燈籠いしどうろうが立っていたが、今は石炭を積んだ荷船にぶね幾艘いくそうとなくつながれているばかり
水のながれ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
荷船にぶね肥料船こえぶねとまが貧家の屋根よりもかえって高く見える間からふと彼方かなた巍然ぎぜんとしてそびゆる寺院の屋根を望み見る時、しばしば黙阿弥もくあみ劇中の背景を想い起すのである。
夏のゆうべ、海の上に月の昇る頃はひろびろした閑地の雑草は一望煙の如くかすみ渡って、彼方かなた此方こなたに通ずる堀割から荷船にぶねの帆柱が見える景色なぞまんざら捨てたものではない。
今まで荷船にぶね輻湊ふくそうした狭い堀割の光景に馴らされていた眼には、突然濁った黄いろの河水が、岸の見えない低地の蘆をしたしつつ、満々として四方にひろがっているのを見ると
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
このあたりまで来ると、運河の水もいくらか澄んでいて、荷船にぶねの往来もはげしからず、橋の上を走り過るトラックも少く、水陸いずこを見ても目に入るものは材木と鉄管ばかり。
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
油紙で張った雨傘にかど時雨しぐれのはらはらと降りかかるひびき。夕月をかすめて啼過なきすぐかりの声。短夜みじかよの夢にふと聞く時鳥ほととぎすの声。雨の夕方渡場わたしばの船を呼ぶ人の声。夜網よあみを投込む水音。荷船にぶねかじの響。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
荷船にぶねにもなびくのぼり小網河岸こあみがし
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)