繊手せんしゅ)” の例文
旧字:纖手
こんな深刻味のあるものを一女性の繊手せんしゅまかせて夫子ふうし自らは別の境地に収まっている。鴎外はなぜそんな態度を取っているのだろう。
「あ痛ッ。よろしい。あなたはその美しい繊手せんしゅで、麿まろの頬を打った。麿も暴力をもって報いますよ。火のごとき愛情の暴力で」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、僕は、壁に釘をうつ美しい夫人の繊手せんしゅを見上げながら声をかけた。額の中の絵は、ボナースの水彩画で、スコットランドあたりの放牧風景の絵であった。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あの美しい女形おやまが、浪路に対して、どのような籠絡ろうらく繊手せんしゅを伸ばしつつあるかをさえ耳にしているのである。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「躊躇はご無用わたしを殺して、陣十郎をお討取り下さりませ。……まずこの如く!」と繊手せんしゅを揮った。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さかずき持つ妓女ぎじょ繊手せんしゅは女学生が体操仕込の腕力なければ、朝夕あさゆうの掃除に主人が愛玩あいがん什器じゅうきそこなはず、縁先えんさきの盆栽も裾袂すそたもとに枝引折ひきおらるるおそれなかりき。世の中一度いちどに二つよき事はなし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
まぶたの切れの上品な彼女は、もう、落ちつきを取戻しておはからい何ともおん礼の申しようもございませぬといった。繊手せんしゅのかがやきは貝ノ馬介のむねに、まだ名ごりを眼の内にとどめた。
その背部には光る刃を持った繊手せんしゅが静かに静かに振り上げられて行く。ルパンは女の血に餓えた凄まじい眼光が火の出る様に短刀を突き刺すべきくびあたりにそそがれているのを知った。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
女性の繊手せんしゅを握ってしまった事も無かったし、いわんや、「ふとした事」から異性と一体になろうとあがく特殊なる性的煩悶、などという壮烈な経験は、私にはいまだかつて無いのである。
チャンス (新字新仮名) / 太宰治(著)
端厳微妙たんげんみみょうのおんかおばせ、雲の袖、霞のはかまちらちらと瓔珞ようらくをかけたまいたる、玉なす胸に繊手せんしゅを添えて、ひたと、おさなごをいだきたまえるが、仰ぐ仰ぐ瞳うごきて、ほほえみたまうと、見たる時
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
崔を救った女も一種の女侠であることは、美人の繊手せんしゅで捕吏ふたりを投げ倒したのや、役人の枕もとへ忍び込んで短剣と手紙を置いて来たのや、それらの活動をみても容易に想像されるではないか。
女侠伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女ははじめて目覚めて、鉄のように堅く冷たい重い壁を繊手せんしゅをのべて打叩うちたたいて見た。そしてその反響は冷然と響きわたり、勝手にしろとえた。そのおりには、もう彼女の住む広い胸はなかった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
春琴の繊手せんしゅ佶屈きっくつした老梅の幹をしきりにで廻す様子を見るや「ああ梅のうらやましい」と一幇間が奇声きせいを発したすると今一人の幇間が春琴の前に立ちふさがり「わたい梅の樹だっせ」と道化どうけ恰好かっこう
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
まばゆげなくれないをたたえ、遠くからそっと、真白な繊手せんしゅへ、翡翠ひすいの杯をのせて、聞きとれないほどな小声でいった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまり、君尾がひどく不機嫌になり、ピチャピチャ三吉をたたくからである。女の繊手せんしゅというものは、どうしてどうして馬鹿にはならない。これでたたかれると随分痛い。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そういう手工しゅこうにも姉は器用であった。あの鹿鳴館に貴婦人たちが集って、井上外交の華やかさを、その繊手せんしゅ嬌笑きょうしょうとをもって飾った時代である。有名なのは夜会の舞踏であった。
八重日々にちにち菜園に出で繊手せんしゅよくこれをみ調味してわが日頃好みて集めたるうつわに盛りぬ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
身のはやさは浪をかすめるつばくろのようである。また、白雪のくずがひらめく風と戦っているようなものだ。そしてうかとすればすぐ繊手せんしゅの二刀が斬りこんでくる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よどの遊君亀千代の繊手せんしゅを、爪のもとまで毛の生えている、熊のような手でグッと握り、奥へしょびいて行こうとするのを、同じ路からやって来たところの、狩野かの彦七郎左衛門ノじょう
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それとは反対に、まんまと繊手せんしゅの術中におとされた深見重左は、憤恚ふんいの形相を黒装束の者どもに向けて
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
踏まえた宝鐙あぶみには、珠をちらし、着たるは紅紗こうさほうで、下に銀のくさりかたびらを重ね、ぬいの帯、そしてその繊手せんしゅは、馬上、右と左とに、抜き払った日月の双刀そうとうを持っているのであった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とくに高時の前では、日ごろの猛者もさや大名が、彼女たちの繊手せんしゅにかかると手も足も出ない有様を見て高時がよろこぶとこから、自然、鎌倉の妓ほど、東国武人を手玉にとり馴れているものはなかった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)