糠味噌ぬかみそ)” の例文
それは外でもない、台所の隅つこにある糠味噌ぬかみその匂である。名香で痺れた鼻の感じは、糠味噌のつぱい匂を嗅ぐと不思議によくなる。
茄子なす糠味噌ぬかみそけるのに色をく出そうとして青銭あおせんを糠味噌へ入れる人もあるが、あれは青銭から緑青が出てそれで茄子の色を善くするのだ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
自分の細君がすっかりけこんで、容色きりょうが落ちて、身体じゅう糠味噌ぬかみそにおいがみこんでしまってい、いっぽう自分の方はまだ若く、健康で、新鮮で
富籤 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
尾張の日間賀ひまか島でも、メザイとコゴメとは同じで、これと小麦かす、大豆の粃などを合せ蒸して糠味噌ぬかみそを作るという。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
糠味噌ぬかみそふた仔細しさいはございませんが、あんな調子っ外れの遠吠えを聞かされたら、どんな気の強い娘も寄り付かないだろうと思うと、可哀想でなりません。
今までは何処へ往ってもお土産みやを買って来てくれた事は無いが、そのお銭はみん芸妓げいしゃに入り揚げちまって、女郎買の糠味噌ぬかみそが何うとかたってう云ったよ
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
大きな酒樽にどつさり大根が漬けられてあつて、大嫌ひな糠味噌ぬかみその臭ひが鼻を襲つて逆吐むかつきさうになつた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
その通り……いったい、今のやつらはそれよりも、もっと皮肉が下等で、諷刺ふうし糠味噌ぬかみそほども利かない。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お八重は叱るものが居なくなったせいか、昨夜ゆうべの残りの冷飯ひやめしの全部と、糠味噌ぬかみその中の大根やを、ぬかだらけのまま残らず平らげたために、烈しい下痢を起して
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あまりに板につき過ぎているためにかえってなんとなくステールな糠味噌ぬかみそのようなにおいがして、せっかくのネオ・リアリズムの「ネオ」がきかなくなるように感ぜられた。
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私の家はそれほど大人数というわけでもなかったが、四斗だる糠味噌ぬかみそ桶に使っていた。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
私は極端に糠味噌ぬかみそくさい生活をしているので、ことさらにそう思われるのかも知れませんが、五十歳を過ぎた大作家が、おくめんも無く、こんな優しいお手紙をよくも書けたものだと
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
羽織はなしに居ずまいも端正きちんとしたのを、仕事場の机のわきへ据えた処で、……おなじ年ごろの家内が、糠味噌ぬかみそいじりの、たすきをはずして、渋茶を振舞ってみた処で、近所のすしを取った処で
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また、だいこんでありましたら、葉をつけたままだと、葉を育てるためにだいこんの方から養分がとられますから、葉を切り放して、葉はすぐ糠味噌ぬかみそに入れるなどした方がよろしいのです。
日本料理の基礎観念 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
しまいには絹手帕ハンケチも鼻をんで捨て、香水は惜気もなく御紅閨おねまに振掛け、気に入らぬ髪は結立ゆいたて掻乱かきこわして二度も三度も結わせ、夜食好みをなさるようになって、糠味噌ぬかみその新漬に花鰹はながつおをかけさせ
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
門はいているが玄関はまだ戸閉りがしてある。書生はまだ起きんのかしらと勝手口へ廻る。清と云う下総しもうさ生れのほっペタの赤い下女がまないたの上で糠味噌ぬかみそから出し立ての細根大根ほそねだいこんを切っている。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いや、山出しの女中と言えば、あいつにも一つだけ取柄がありますのじゃ。それは漬物がなかなか上手でしてな。あいつの漬けた糠味噌ぬかみそじゃと、お母さんにもきっとお気に召しますわい。」
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
前者は糠味噌ぬかみそ臭い世話女房で、たしかに貞節そのものではあるだろうが、亭主野郎の晩酌の味を決して愉しくさせてはくれなかろうし、後者は逢いつ逢われつしている間こそ無責任で面白かろうが
随筆 寄席風俗 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「だって好きなんですもの、あたし芸妓が好きなんです、家に引込んで糠味噌ぬかみそ臭くなるなんて性に合わないんです」おつるはこう云うとのどの奥で笑った、「さあいきましょ、この坂をおりると海よ」
扇野 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして友達の伯母さんと一緒に、糠味噌ぬかみそなどを拵えてくれた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大きな酒樽さかだるにどっさり大根がけられてあって、大嫌いな糠味噌ぬかみその臭いが鼻を襲って逆吐むかつきそうになった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
「三十年後家を通して、烏婆からすばアとか何んとか言はれ乍ら、溜めたんだから、三十兩や五十兩ぢやあるまいと思ふが、天井裏も床下も、糠味噌ぬかみそかめの中まで見たが無いよ」
まきも割ってもらわなくちゃこまるし、糠味噌ぬかみそもよくきまわして、井戸は遠いからいい気味だ、毎朝手桶ておけに五はいくんで来て台所の水甕みずがめに、あいたたた、馬鹿な亭主を持ったばかりに
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ある時新茄子しんなすをよそから持って来てくれたものですから、その茄子を糠味噌ぬかみそへつけさせて食べてみますと、どうしても秋茄子の味でございますから、これは只事ではねえぞ、さあ村の人たちよ
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「三十年後家を通して、烏婆アとか何とか言われながら、溜めたんだから、三十両や五十両じゃあるまいと思うが、天井裏も床下も、糠味噌ぬかみそかめの中まで見たがないよ」