檜葉ひば)” の例文
八坪程しかない庭の片隅に小さい檜葉ひばに交つた一本の山茶花が、薄色に咲いていかにもはかなげな夕暗の寂しい気分を漂はせて居る。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
それに衣川の袖に檜葉ひばの枯葉が附着いていましたし、それからお宅の隣りの、屋根に接近した裏庭の檜葉の枝が折れていました。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
四つ目垣の内に、高野槙こうやまきが一本とちゃぼ檜葉ひばが二三本と植えてあって、植木の間から、竹格子を打った肘懸窓ひじかけまどが見えている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
深い谷間には檜葉ひばの木が沢山生えて居りますが杜鵑ほととぎすは月の出たのを悦びてか幽邃ゆうすいなる谷の間より美しい声を放って居ります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
散らばつた新築の借家が、板目に残りの日をうけて赤々とえてゐる。それを取り囲んで方々の生垣いけがき檜葉ひばが、地味な浅緑でつとかたまつてゐる。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
わざとらしく曲りくねった松をえたり、檜葉ひばをまん丸く刈り込んだりしてあるのは、折角せっかくながらかえって面白くない。
薬前薬後 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
檜葉ひばの枝と松の枝との間に竹竿をわたして、あなたの毛布が空気を吸っている彼方には安積山の山並がございます。
庭の檜葉ひばの手入れをしていた植木屋たちはしかし平気で何事も起こっていないような顔をして仕事を続けていた。
小爆発二件 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その檜葉ひばの立木に包まれた薄鼠塗りの洋館の建物の二階が横向きに見えるのを見上げながら義男は「何も要らないからせめて理想の家だけは建てたい。」
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
何処どこ珈琲店カフェーにもある焦茶こげちゃの薄絹を張った、細い煤竹すすだけの骨の、とばり対立ついたてとを折衷したものが、外の出入りの目かくしになって、四鉢ばかりの檜葉ひばまきの鉢植えが
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
すぐ前に大きい檜葉ひばがあって、その向うの右手の隅に八手やつでがあった。その葉には雨の露がまだ一杯たまっていた。でも空は綺麗に晴れて星がきらきらと輝いていた。
球突場の一隅 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
……さて家の裏はくぬぎと杉の林、東は深い藪で、西側に屋根付きの井戸がある。そこから三四間おいて檜葉ひばの生垣を境に、三浦十兵衛という隣り屋敷と続いている。
風流化物屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
丈の一二寸ほどの、檜葉ひばのような葉をした木に、薄黄な花が、蕾は大きな雫のような、開いたのは桜のような形をした花が、一面に群らがって、そして露に濡れそぼっている。
烏帽子岳の頂上 (新字新仮名) / 窪田空穂(著)
檜葉ひばの垣根に添って這入って行くと、家の中が森としているのが啓吉によく判った。啓吉は裏口へ回って見た。雨戸が閉ざされている。節穴から覗いてみたが、中は真暗だった。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
○ある人のいふ所に依ると九段の靖国神社の庭園は社殿に向つて右の方が西洋風を摸したので檜葉ひばの木があるいは丸くあるいはほこなりに摘み入れて下は綺麗な芝生になつて居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
庭は一隅ひとすみ梧桐あおぎりの繁みから次第に暮れて来て、ひょろまつ檜葉ひばなどにしたた水珠みずたまは夕立の後かと見紛みまごうばかりで、その濡色ぬれいろに夕月の光の薄く映ずるのは何ともえぬすがすがしさをえている。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私は散歩の途中、偶然この家の前を通りかかって、軒さきに「貸間あり」の札がさがっているのを見かけ、檜葉ひば生垣いけがきにかこわれているこの家のたたずまいになんとなく気をかれたのである。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
檜葉ひばもみなどの古葉貧しげなるを望むべき窓の外に、庭ともあらず打荒れたる広場は、唯うららかなる日影のみぞゆたか置余おきあまして、そこらの梅の点々ぼちぼちと咲初めたるも、おのづから怠り勝に風情ふぜい作らずと見ゆれど
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
雀が二羽檜葉ひばを揺すって、転がるように青木の蔭へかくれた。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
山茶花のはつかにのこるうれのいろおもて冷えながら檜葉ひばと親しさ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
南天、柘榴ざくろ檜葉ひば、松、かへでの木が
樹木とその葉:11 夏の寂寥 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
ひろ子は二階の特高室の窓から雀の母親が警察の構内に生えている檜葉ひばの梢に巣をかけているのを見つけた。
乳房 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
淋しい風が吹いて來て、一本圖拔づぬけて背の高い冠のやうな檜葉ひば突先とつさきがひよろ/\と風に搖られた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
その檜葉ひばとても高さ一丈五、六尺から二丈位の樹があるだけでそのほかには灌木かんぼくしかございませぬ。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
今年は研究所で買ったばかりの双眼顕微鏡をげて来て少しばかり植物や昆虫の世界へ這入り込んで見物することにした。着くとすぐ手近なベランダの檜葉ひばを摘んで二十倍で覗いてみた。
高原 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
檜葉ひばをまん丸く刈り込んだりしてあるのは、折角ながら却っておもしろくない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
同じような小座敷の並んでいるいちばん奥で、縁側から三尺ほど隔てて檜葉ひばの高い生垣があり、その向うは路次に沿って小さなしもたやになっているらしく、子供の駆けまわる声などがま近に聞えた。
扇野 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼らはまき檜葉ひば類を少しずつ買った。それらを、西日のさす崖ぶちや、むき出しな格子の左右に植えた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
この病室は内庭に向って窓があって青空の下に檜葉ひばの梢と何かの葉のない枝が見えます。側台にバラが二輪とさち子さんのくれたシクラメンの鉢。ではこれでおやめ。どうか呉々お大切に。
その中を歩いたら髪に燦く液体がねばりつきもしそうな光波につつまれ、円い躑躅つつじ檜葉ひばがくっきりと黒い影をしたがえて鎮まりかえっている。樹や芝生が夢幻的に、生あるもののように思えた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)