かじ)” の例文
大体、三番のかじさんと、四番のぼくはならんで引くのが原則ですが、下手糞へたくそため、時々、五番の松山さんや整調の森さんとも引きます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「松本ではおかじどのがご病気だそうで、おまえにひとめ会いたいから四五日のつもりで来て呉れるようにと、お使いの者が来られたのだ」
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は、「走れ、走れ。」とステッキを振り上げては車のかじを叩いてみた。車夫の背中は一層低くなると、スピードを増し始めた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
扇がたにひろがった尾はかじをとるようにものやわらかにくねり、ときにはげしくうごいて人魚のからだを急激に推進させます。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
が、それが意外にも、宗清の主人宗山清兵衛むねやませいべえの女房おかじであると知ると、彼は起き上って、一寸ちょっと居ずまいを正しながら
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
太陽の国、果樹の園、あこがれ求めて、かじは釘づけ、ただまっしぐらの冒険旅行、わが身は、船長にして一等旅客、同時に老練の司厨長しちゅうちょう、嵐よ来い。
喝采 (新字新仮名) / 太宰治(著)
逃げて行く学生の足元を射って、砂を学生の頭から引っかけたり、浪打際に揺られているボートのかじの金具を射ち離したりなさるのには驚きました。
S岬西洋婦人絞殺事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
舁夫かごやの安吉を連れまして宅へ帰り、其の晩二人を泊めましたが、仙太郎の女房おかじには何事だか頓と分りません。
五十人ばかりの鎗隊士を従えた稲右衛門はかじの葉の馬印で、副将らしい威厳を見せながらそのあとに続いた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
妙に人馴れた眼、少しほころびた唇、クネクネと肩でかじを取って、ニッと微笑したお菊は、椎茸髱しいたけたぼと、古文真宝こぶんしんぽうな顔を見馴れた土佐守の眼には、驚くべき魅力でした。
おけを載せた七りょう江州車こうしゅうぐるま(手押し車)をあちこちに停め、老若七人、胡坐あぐらやら、寝転ねまろびやら、また木の根や車のかじに腰かけている者など、思い思いな恰好だった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私が帰る時に見ますと、外の車夫はすぐ車を引出しますのに、与吉はのっそり立上って、ゆっくりと来てかじまたぐのです。そんな時私は恥しくて、顔を伏せていました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
かじ棒を放すが如く下に置きて予が方へ駆け寄りしが、橋に勾配あるゆえ車は跡へガタガタと下るに車夫は驚き、また跡にもどりて梶棒を押えんとするを車上の人は手にて押し止め
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
着飾った若い花見の男女をせていきおいよく走る車のあいだをば、お豊を載せた老車夫はかじを振りながらよたよた歩いて橋を渡るや否や桜花のにぎわいをよそに、ぐとなかごうへ曲って業平橋なりひらばしへ出ると
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
生れ落ちると怒濤どとうの声を聞き、山なす激浪を眺め、長ずればかじも取りも漕ぎ、あるいは深海に飛込んで魚貝をあさって生活しているので、おのずから意志が強固になり、独立自存の気象に富んでいる。
と見る間に「三!」とさけんで小初は肉体を軽く浮び上らせ不思議な支えの力で空中の一箇所かしょでたゆたい、そこで、見る見る姿勢を逆に落しつつ両脚りょうあしかじのように後へ折り曲げ両手を突き出して
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
またしても、かじを北の方へ取戻す。これでは、同じところを往来をしているようなものです。追っかける方も同じことで、がんりきが南へ行けば南へ行き、がんりきが北へ戻ればまた北へ戻る。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
外部はすっかり安全にとざし、かじ取りはわたしの外部的な部分にのみまかせ、わかり切った航路なら梶は全然しばったまま、わたしは「思想」の愉快な仲間とともに下の船室にとじこもるのである。
で、このおかじだけは、お蓮様母娘おやこの悲しい運命を知っている。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ふと顔を合せると、それは思いがけないおかじさんでした。
蛇性の執念 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
次の日曜には甲斐かいへ行こう。新緑はそれは美しい。そんな会話が擦れ違う声の中からふと聞えた。そうだ。もう新緑になっているとかじは思った。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「しかも、おかじさんが亡くなってもう三年にもなるのに、まだみれんが残ってるのか」と畠中は調子をやわらげて云った
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かれの姿を見、市十郎は、こんどは自分が車のかじを持った。同苦は、黙って、後を押した。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
藤十郎の心にそうした、物狂わしい颷風ひょうふうが起っていようとは、夢にも気付かないらしいおかじは押入れから白絖しろぬめ夜着よぎを取出すと、藤十郎の背後に廻りながら、ふうわりと着せかけた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かじキャプテンが会計のヘマを演じて、合宿の費用を学校から取れなくなってしまったのだそうだ。松村殿は、梶を免職させなければいけないと、大いにいきまいていた。とにかく、みんな馬鹿だ。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
唖の娘……その名を、おかじという。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
このような話の真実性は、感覚の特殊に鋭敏な高田としても確証の仕様もない、ただのうわさの程度を正直にかじに伝えているだけであることは分っていた。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
かじ竜右衛門は二千百三十石の城代家老である、年は四十七歳。妻のさわは四十二歳になり、一人息子の広一郎こういちろうは二十六歳であった。梶家では奥の召使を七人使っていた。
女は同じ物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
きょう、キャプテンのかじを、一発なぐってやった。梶は卑猥ひわいだ。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
悪魔の所在をぎつけようとしている自分だということは、——悪魔、たしかにいるのだこ奴は、とかじは思った。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
かじはやがて着くブダペストのことを、人人がダニューブの女王といってきたことをふと思い出した。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
こういう事があったとかじは妻の芳江に話した。東北のある海岸の温泉場である。梶はヨーロッパを廻って来て疲れを休めに来ているのだが、避暑客の去った海浜の九月はただいたずらに砂が白く眼が痛い。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)