最惜いとし)” の例文
中にも慎ましげに、可憐に、床しく、最惜いとしらしく見えたのは、汽車の動くままに、玉の緒の揺るるよ、と思う、かすか元結もとゆいのゆらめきである。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
汝のために相談をかけてやりしも勝手の意地張り、大体たいていならぬものとても堪忍がまんなるべきところならぬを、よく/\汝を最惜いとしがればぞ踏み耐へたるとも知らざる歟
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
従ってちっとも出ない。その為に、阿婆の寝酒はなおあくどい。あわれがって、最惜いとしがって、住替を勧めても
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
可哀相に……お稲ちゃんのお葬式ともらいが出る所だって、他家よそでも最惜いとしくってしようがないって云うんでしょう。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……蚊帳のこの古いのも、穴だらけなのも、一層いっそうお由紀さんの万事最惜いとしさを思わせるのですけれども、それにしても凄まじい、——先刻さっきも申したひどつぎです。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
最惜いとしげな。はやくから御兩親ごりやうしんにおわかれなすつた貴下あなたでござります。格別かくべつのお心持こゝろもち、おはかまつかぜおとが、みねからして此處こゝまでなあ……なまいだぶ、なまいだぶ、なまいだぶ、……
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
実のうみの母御でさえ、一旦この世を去られし上は——幻にも姿を見せ、を呑ませたく添寝もしたい——我が最惜いとしむ心さえ、天上では恋となる、その忌憚はばかりで、御遠慮遊ばす。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
最惜いとしい……と、てんでに申すんですが、御神体は格段……お仏像は靴を召さないのが多いようで、誰もそれをあやしまないのに、今度の像に限って、おまけに、素足とも言わない
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あとじゃ月も日も、貴女のお目には暗くなろう。お最惜いとしい、と貞造がかぶりります。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
姥 ああ、お最惜いとしい。が、なりますまい。……もう多年しばらく御辛抱なさりますと、三十年、五十年とは申しますまい。今の世は仏の末法、ひじり澆季ぎょうき盟誓ちかいも約束も最早や忘れておりまする。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一歩いちぶに、のかはをかれたために、最惜いとしや、おあき繼母まゝはゝには手酷てひど折檻せつかんける、垣根かきねそとしたで、晝中ひるなかおびいたわ、と村中むらぢう是沙汰これざたは、わかをんな堪忍たへしのばれるはぢではない。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
雪の雫が生命いのちの露だって、おっかさんが、頂戴々々というもんだから、若い可愛い嫁の、しかも東京で育ったのが、暗い国へ来て、さぞ、どんなにかなさけなかろうと最惜いとしがって、祖母おばあさんがね
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)