帆布ほぬの)” の例文
葉子の頭の上に張り渡された雨よけの帆布ほぬのはしから余滴したたりがぽつりぽつりと葉子の顔を打つたびに、断続して聞こえて来るように思われた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
透き通って見える白い帆布ほぬのの上を、動物とも人間とも見分けのつかぬ奇怪な黒影が、丸くなって、飛ぶがごとくねるがごとく走って行く。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
周馬が、虚空から切って落した帆布ほぬのは、その下にいた弦之丞とお十夜の上へ、バラ——ッと、すごい唸りをあげて落ちてきた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
またその上を、防水の油をぬってある、帆布ほぬのでつつみ、しっかりと索でしばって海に投げこむと、うまいぐあいに岩にとどいて、米はぬれなかった。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
だが来る日も、来る日もあのへりの一布だけふちを取ったように新しい帆布ほぬのの日向丸は現れなかった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
さいわいぼくらは多くの帆布ほぬのやリンネルをもっている、これを有効ゆうこうに用いて、ここに一個の大だこをつくり、もって空中にあげればゆうに三百メートルくらいの高さにあげることができる。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
海濱かいひん其處此處そここゝには、毛布ケツトや、帆布ほぬのや、其他そのほか樣々さま/″\武器等ぶきとう應用おうようして出來できた、富士山ふじさん摸形もけいだの、二見ふたみうら夕景色ゆふげしきだの、加藤清正かとうきよまさ虎退治とらたいぢ人形にんぎようだのが、奇麗きれいすなうへにズラリとならんだ。
日向南那珂ひゅうがみなみなか郡の人身上千蔵君曰く、同君の祖父某、四十年ばかり以前に、山に入って不思議な老人に行逢うたことがある。白髪にして腰から上は裸、腰には帆布ほぬののような物を巻きつけていた。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
渇くのはつらくつて、雨のない日の続く時は帆布ほぬのを拡げて、夜露よつゆを受けて、みんなが口をつけて吸つたんだつて——大概唇は破れて血が出て、——助かつた此の話の孫一まごいちは、あんまり激しく吸つたため
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
春はまた樂しい船出の帆布ほぬのを高くかかげる季節
一点鐘 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
砂山つくりは、石油かん、木のバケツ、かんづめの木箱、帆布ほぬのつなとでつくったもっこ、これらに、シャベルで砂をいれては、高いところへ運んだのだ。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
戸を引ッぱずして外へ首を出してみたが、そこは、いッぱいに、落ちた帆布ほぬのがかぶさっている。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は、やっとのことで燃える帆布ほぬのをくぐって、外の広っぱへ出た。広々とした草原くさはらには、白い月光が、くまもなく降りそそいでいた。私は足にまかせて近くの人家へと走った。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かわくのはつらくつて、あめのないつゞとき帆布ほぬのひろげて、夜露よつゆけて、みんなくちをつけてつたんだつて——大概たいがいくちびるやぶれてて、——たすかつたはなし孫一まごいちは、あんまはげしくつたため
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
翌朝から一同は製作主任のバクスターのさいはいのもとに、リンネルや帆布ほぬのを切ったり、ぬいあわせたり、骨をけずったり、嬉々ききとして仕事をはげんだ。二日二晩の協力はみごとな大だこを完成した。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
つな帆布ほぬのなどを日にほし、いかだにした円材や板をかたづけたり、伝馬船てんませんをよく洗って、浜にひきあげるなど、それぞれに、みんな一日中、いそがしく働いた。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
「ウム、それならまず間違いはあるまい。念のため、その帆布ほぬのを二人の上からかぶせておけ」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風よけの帆布ほぬのを張りめぐらした、菓子や果物や絵葉書などの売店に、店番の夫婦者が寒そうに坐っているほかには全く人影はなく、何かこう、人界をはなれて、天上の無人の境へ来たような
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)