咽喉仏のどぼとけ)” の例文
旧字:咽喉佛
と両手に襟を押開けて、仰様のけざま咽喉仏のどぼとけを示したるを、謙三郎はまたたきもせで、ややしばらくみつめたるが、銃剣一閃いっせんし、やみを切って
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蒼鸇たかの飛ぶ時よそはなさず、鶴なら鶴の一点張りに雲をも穿うがち風にもむかって目ざす獲物の、咽喉仏のどぼとけ把攫ひっつかまでは合点せざるものなり。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
舌を出したり咽喉仏のどぼとけを引っ込めて「あゝ」という気のきかない声を出したり、まぶたをひっくり返されたりするようななんでもない事が
笑い (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
咽喉仏のどぼとけをがくがくさせて何かささやいている、細かくからだを振りながら聞いている平べったい彦根殿の顔が、見るみる驚愕きょうがくにゆがんだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
咽喉仏のどぼとけが大きくとがって見えた。そのたくましい首を見ていると、耐えていた泪が鼻の裏にしみて、私は遠い時計の方を白々と見るより仕方がなかった。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
覚えず咽喉仏のどぼとけがごろごろ鳴る。主人はいよいよ柔かに頭をでてくれる。人を笑って可愛がられるのはありがたいが、いささか無気味なところもある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから私の手の下で、小さな咽喉仏のどぼとけを二三度グルグルとわして、唾液つばきをのみ込むと、頬を真赤にしてニコニコ笑いながら、いかにも楽しそうに眼をつむった。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その傷は極めて異様なもので、左の耳の後から咽喉仏のどぼとけの方へ偃月形みかづきがたに弧を描いてねあげられている。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
つらの真中でも咽喉仏のどぼとけでもお望み通りのところを突いてやる、ちっとやそっと危ねえんじゃねえや
「娘一人の命が危ねえんだ。手前の咽喉仏のどぼとけなどを可愛がっていられるか」
ジェルテルスキーは、咽喉仏のどぼとけを引き下げるようにして低い声で答えた。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私はしばらくその老人ろうじんの、高い咽喉仏のどぼとけのぎくぎくうごくのを、見るともなしに見ていました。何か話しけたいと思いましたが、どうもあんまりむこうがしずかなので、私は少しきゅうくつにも思いました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
患者の顔には、無力にされた仇敵きゅうてきを見るときのような満足な表情が浮び、二三度その咽喉仏のどぼとけが上下した。彼の眼は、二の腕以下の存在には気づかぬものの如く、ひたすらに肉腫の表面にのみ注がれた。
肉腫 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
柚木の大きい咽喉仏のどぼとけがゆっくり生唾なまつばを飲むのが感じられた。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
にじり寄ったおさよが、何事か源十郎にささやいたが、その咽喉仏のどぼとけが上下に動き終わった時、鈴川源十郎、思わずアッと驚愕きょうがくした——とたんに!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その上白シャツと白襟しろえりが離れ離れになって、あおむくと間から咽喉仏のどぼとけが見える。第一黒い襟飾りが襟に属しているのか、シャツに属しているのか判然はんぜんしない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「これから、これへ、」と作平はあかじみた細いしわだらけの咽喉仏のどぼとけ露出むきだして、握拳にぎりこぶしで仕方を見せる。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それに比べて、求める心のないうちからくちばしを引き明けて英語、ドイツ語と咽喉仏のどぼとけを押し倒すように詰め込まれる今の学童は実にしあわせなものであり、また考えようではみじめなものでもある。
読書の今昔 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ガラッ八の八五郎は咽喉仏のどぼとけの見えるような大欠伸おおあくびをしました。
芳夫は、咽喉仏のどぼとけを見せながら、はっはっと笑った。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
右手を屏風にして囲った口許くちもとを、藤吉の左鬢下へ持って行くと、後は彦兵衛の咽喉仏のどぼとけが暫時上下に動くばかり——。
人間は自分よりほかに笑えるものが無いように思っているのは間違いである。吾輩が笑うのは鼻のあなを三角にして咽喉仏のどぼとけを震動させて笑うのだから人間にはわからぬはずである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗太郎の顔は苦悩に歪んで、咽喉仏のどぼとけが上へ下へと動きます。
自分はいながら、咽喉仏のどぼとけかどとがらすほどにあごを突き出して、初さんの方を見た。すると一間いっけんばかり向うに熊の穴見たようなものがあって、その穴から、初さんの顔が——顔らしいものが出ている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「まるで猿だ」と宗近君は咽喉仏のどぼとけを突き出して峰を見上げた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
秋風や唐紅からくれない咽喉仏のどぼとけ
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)