反向そむ)” の例文
そして、故郷の山へ、辛い顔を反向そむけながら、もう一度と、眼をつぶる心地で、松代の城下に近い、川中島の小島村まで来た。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少し顔を反向そむけている娘をみて、鷲尾は思わすジロジロとみつめた。福々しい幼顔おさながおはどこにも残って居らず、骨太にすくすくとのびた娘だった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
冷たい、固い石甃の上に無造作に投出されている……という世にも無残な、おそろしい姿に、顔を背向そむけようとして反向そむけられないでいる苦悶の表情に外ならなかった。
馴々なれなれしくいうと、急に胸をらして、すッきりとした耳許みみもとを見せながら、顔を反向そむけて俯向うつむいたが、そのまま身体からだの平均を保つように、片足をうしろへ引いて、立直たちなおって
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と是は最う別れだと思うのか、お高は治平の膝へ手を突いて、もたつきながら涙を拭きます様子を見て、谷澤成瀬も心悪しく思いましたか、苦々しく顔を反向そむけて居りましたが
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
厭な癖だなあと思って見ていると、自分まで伝染してひとりでに手を動かしそうになるのだ。どうもひどく気になる。顔を反向そむけて、見まいとしても、やはり見ずにはいられないのだ。
妖影 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
右源太は、大きく開いた右脚を、引込めて、振向くと、すぐ、顔を反向そむけた。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
どうせ、また法螺まぢりの愚痴か! ——斯う思ふと、舌でも打つて顔を反向そむけたかつたが、この時の彼の語調が如何にも科白めいてゐたのに擽られて、思はず藤井は朗らかな苦笑を浮べて
鏡地獄 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
朝日あさひかげ窓にまばゆき頃、ふらふらと縁前えんさきに出づれば、くや、檐端のきばに歌ふ鳥の聲さへ、おのが心の迷ひから、『そなたゆゑ/\』と聞ゆるに、覺えず顏を反向そむけて、あゝと溜息ためいきつけば、驚きて群雀むらすゞめ
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
二人は漸次だんだん恥ずかしくなった。で顔を反向そむけ合った。しかし体はその反対に相手の方へ寄って行った。胸が恐ろしく波立って来た。そうして手先がかすかに顫え、燃えるように身内が熱くなった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と心の底でおびえをとった大月玄蕃は、さすがに反向そむけたおもてにも生色を失ってしまったが、幸せと熊谷笠に顔を包んでいたので
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし父親はポツンとさびしそうに肩をすぼめていた。こんなときのくせで、反向そむけた顔のどッかをボンヤリと見つめているのが、まるで子供のようだった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
執事の注意でめぐらされた屏風の端から中を覗いて、私は思わず顔を反向そむけました。
むかでの跫音 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
白いあぎとを三日月のように反向そむけて、眉一つ動かさず。見返りもせずに、裲襠うちかけの背中をクルリと見せながら、シャナリシャナリと人垣の間を遠ざかって行った。あとから続く三味太鼓の音。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
綱手は、俯向いて、少し、膝を百城から反向そむけた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
脚下あしもとに落ちていたたたみ手拭を拾って懐中ふところに入れると、の悪そうな顔を反向そむけて、小梅村の家の方へ一目散に帰って行った。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思わず顔を反向そむけて通り抜けようとしたが、その時にフト、その戸棚の一番おしまいの、硝子戸の壊れている片隅に、ほかの陳列品から少し離れて、妙なものが置いてあるのを発見した。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
はっ——と顔を反向そむけながら身を退いたが、逞しい両手に振り被られた一学の刀が、次の一瞬には、虚空を割って、勘六の真っ向へ落ちてきた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
案に相違して、慳貪けんどんに、両袖を払った新九郎は顔を上に反向そむけて、わざと、言葉まで常より荒い伝法づかい。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二度目の足蹴が、彼女の反向そむけた顔へはずもうとした時、一学は草履を穿いて、新見弥七郎の後へ静かに来ていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紋太夫も、おもて反向そむけた。けれど、老公の健康にたいするふたりのねがいは、正反対なものであった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
などと干し場の紙漉かみすき職人が仕事の手をやめて騒いでいる彼方を見ますと、今、小川の縁で駕を捨てた押絵のような娘が、その声に顔を反向そむけて、小川の水ぎわ大川河岸おおかわがしの方へ
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夫人が俥の蹴込みからおりる姿をちらと見た刹那せつなから旗岡巡査は何故か化石したようにそこの位置に突っ立っていたのである。そして夫人の挨拶に対して、顔さえ横へ反向そむけていた。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
堀部安兵衛は、顔を反向そむけていた。奥田孫太夫も横を向いて素知らぬ顔つきである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
又八は、そばへしゃがみ込んで、反向そむける顔へ、意地悪く顔を持って行きながら
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
睨んでいる眼と、反向そむけている横顔とがいつまでも黙りあっていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と新九郎はかぶりを振ったきり、お延のこびに顔を反向そむけた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
新蔵は、目にいぶる煙に、顔を反向そむけて、沈黙していた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「? ……」風に顔を反向そむけて振向いた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お市は、顔を反向そむけながら
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)