いたわ)” の例文
「ご両親ともお亡くなりになって、よるべのないお気のどくな身の上です、これからは妹がひとりできたと思っていたわってあげて下さい」
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
只もう三年もの病人で、それは気もむしゃむしゃするのだろうからよくいたわって、互につらいところをしのいでゆくしかないでしょう
そのような訳で自分の体でありながら極度の疲労を来たしている自分の体をいたわってやる暇もなく私は上京するとホテルに一夜をあかした。
健康と仕事 (新字新仮名) / 上村松園(著)
その後も巡回の折々種々にいたわりくれられたれば、ついには身の軽禁錮たることをも忘れて、ひたすら他の女囚の善導に力を致しぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
それは姉の単純な優しい心ばえから出た母へのいたわりともとれ、また父に対する例の節操から話が母へ洩れるのを警戒しての言葉ともとれた。
(新字新仮名) / 矢田津世子(著)
中でも松平兵部少輔ひょうぶしょうゆうは、ここへかつぎこむ途中から、最も親切にいたわったので、わき眼にも、情誼のあつさが忍ばれたそうである。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
むこうには、この男なら頼りになる、末始終、いたわってくれるだろうという信頼の念がある。そういうかたちのものらしい。
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
言い捨てて、千浪をいたわって立ち去ろうとすると、その大次郎の面前へ、文珠屋佐吉、すうっと脇差しを抜いて突き出した。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ひょうげた男じゃろ。こんなところへ訪ねて来おった。これはわたしと同じ村の生れでな、古馴染ふるなじみの男じゃ。どこぞへ置いて、いたわってやってくれ」
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父という人は筒井を娘のように愛し、おなじ物をあたえ、おなじ食べものでいたわり時々ふしぎそうに筒井にたずねた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「それでいて馬車賃は皆同じです、動物をいたわり弱いものをたすけるという精神が現れています、この頃から見てもナカ/\進んだ考えじゃありませんか?」
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
書き渋っている庸三の憂鬱ゆううつそうな気分をいたわりながら、妻はそう言って気をんでいたものだったが、庸三はぎりぎりのところまで追い詰められて来ると
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いじめられている小さい子供達は、よくいたわって[#「よく劬って」は底本では「よく※って」]やりました。
斯くて今迄よりも一層多く哀れな人をいたわり、又出来る丈は慰籍を与えたいと云う嬉しい希望で心が一杯になるであろう。私は私の心を見詰め、そして命ずる——
職工と微笑 (新字新仮名) / 松永延造(著)
却っていかにも爺むさく、目の縁など脹らしているような私を、急にいたわってくれるようにもなった。
夢幻泡影 (新字新仮名) / 外村繁(著)
むずかる、夜泣きをする、すれば夜の目も合わさずに介抱しいたわってやらねばならぬ。その手数その心労は尋常のことでない。しかしてこの様な苦痛は一切男子のあずかり知らぬところである。
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
しかしうなったら逃がれる道はないと覚悟していますから、まあいたわっておくんなさい。そこで、わたしは白金そくばくを宝叔塔ほうしゅくとうの何階目に隠してありますから、お前さん、取ってお出でなさい
私は年賀の挨拶あいさつに一年に一度加藤家へ行くきりで向うもそれに応じて来るだけだったが、通りで出会う私の家内とみと子夫人のひそかないたわりの視線も、私は謙遜けんそんな気持ちで想像することが出来た。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そこへ奥女中のお松が駈けつけてきて、帆村にかわって糸子をいたわった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、いたわりながら、傍にあったソファの上に彼女をそっと置いた。
ビアトレスはいたわるように母親の肩を撫でていた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
それが諍いではなく、いたわりあいであることがすぐにわかった。竹次が病気で寝ているので、おいくがそっとぬけだして稲刈りを始めた。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は洋服を着て、その不自由そうな様子を大変いたわる心持であった。私が何かいうと「ありがとう、大丈夫です」と稲子さんは笑顔をした。
窪川稲子のこと (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
尊はしわだらけな顔に苦笑を浮べて、今はさらに拡がったらしい火の手を遥に眺めながら、黙ってふるえているめいの髪をいたわるようにでてやった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
縁もゆかりもないこのわたしを、それほどまでにいたわってくれるそなたの親切。身に沁みてうれしく思います。六平が生きているというのはそなたの嘘。
ひとつには、この頃特に目立つ唐沢氏のいたわり深さということにも、夫人の心は拘泥りをもつのである。
女心拾遺 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
セエラが喚いたり怯えたりしたら、ミンチン女史はセエラをもう少しはいたわってやったかもしれません。女史は人を支配して、自分の力を試してみるのが愉快だったのでした。
そしてそれからと云うもの、出来るだけ養父母の秘密と、心の傷をいたわりかばうようにとつとめたが、どうかすると親たちからうとまれはばかられているような気がさしてならなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
拘引こういんではない。無論そんな扱いを受ける筋はない。任意出頭にんいしゅっとうだった。しかしいきなり署長の前へ突き出されたにはすくなからず当惑した。署長は同級生の親父さんだ。暑中遠方御苦労といたわった後
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
駕は、傷負をいたわりながら——でも軽いはずみをつけながら——駈け出した。
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貞時はなにかを憂えるように、そう筒井をいたわった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ビアトレスはいたわるようにいった。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
ところへ、カッスルが入って来て、ああ、と両方からよりそって手をとりあったその感情から、静かな、いたわりのあるステップが流れ出す。
表現 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
こういう言葉をはずかしめでないと否定するためには、姉いもうとの近しさとか、親しいいたわりという感情につかまらなくてはならなかった。
日本婦道記:風鈴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
僕はK君と二人だけになった時に幾分かくつろぎを感じました。もっともK君をいたわりたい気もちのかえってK君にこたえることをおそれているのに違いありません。
手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こんな仕合せな気もちでいられるのも元をただせば内儀さんのいたわりに負うところが多かった。
神楽坂 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
と赤石さんがいたわるように言ってくれて、事済みになった。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
と、各〻、側へ寄って、老体の石舟斎をいたわった。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むやみにいたわりだした。
蝶の絵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「でも×さんという方は洗練された、都会人らしい神経の方ですね、いろいろな場合、私の心持を本当によくいたわって下さるのが分ります」
沈丁花 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
乏しい炭をまるでいたわるように使うあの火桶ひとつでは、冷えのきびしい今宵はどんなにか寒いことだろう、依田の父と松之助は
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
△△は××の年齢には勿論、造船技師の手落ちからかじの狂い易いことに同情していた。が、××をいたわるために一度もそんな問題を話し合ったことはなかった。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と父親がいたわった。
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
なにか云いたそうな老女の背へ、彼はそっと手をかけ、いたわるように並んで、歩きだした。……夕靄をゆすって、鐘が鳴り始めた。
夕靄の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
資本主義生産に奴隷として使われた時代の悪夢、工場とは出来るだけわが身をいたわって働いて金をとるだけの場所と思っている者も幾分ある。
俊助は勘定をすませると、新に火をつけた煙草をくわえながら、いたわるような微笑を大井に見せて
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いたわられて
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼女はそっと指で眼をでた。玄一郎はやはりなにも云わない、黙っていたわるようなまなざしで、じっと妻の姿を見まもっていた。
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
妻であるその人に向けられているいたわり、憐憫、愛にかわりはないとして、良人のその態度に妻は決して赤子のように抱かれきってはいられまい。
慎太郎は弟をいたわりたかった。が、その心もちは口を出ると、いつか平凡な言葉に変っていた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)