内懐うちぶところ)” の例文
旧字:内懷
内懐うちぶところから竹細工用の鋭い刃先の長い、握りの深い切出小刀きりだしを一挺探り出して、渋紙のさやと一所に、土間の隅へカラリと投込んだ。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
俊助しゅんすけはこう云いながら、小さな金時計を出して見た。すると大井おおい内懐うちぶところから手を出して剃痕そりあとの青いあごで廻しながら、じろりとその時計を見て
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、女が内懐うちぶところを押えた刹那せつな、ぱっと頭上のふたがあいて、外部の冷気とともに黄色の光線ひかりの帯が、風のように流れ込んだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
内懐うちぶところからクララのくれた一束ねの髪の毛を出して見る。長い薄色の毛が、麻をきぬたで打って柔かにした様にゆるくうねってウィリアムの手から下がる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「癪なんてものは、紙入に入れてよ、内懐うちぶところにしまい込んでおくもんだよ。お前みたいに鼻の先へブラ下げて歩くから、余計なものにさわるじゃないか」
銭形平次捕物控:124 唖娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
県役署の私宅にもどると、白い浄衣じょうえに着かえ、麻の縄帯を締め、その内懐うちぶところへは鋭利な短剣一振りをかくしていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もみつがさわらけやきくり、それから檜木ひのきなぞの森林の内懐うちぶところに抱かれているような妻籠の方に、米の供給は望めない。妻籠から東となると、耕地はなおさら少ない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そしてこれをしっかと内懐うちぶところに納めたが、これでもはや私のなすべき用意はすべてなし終えたのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
一ト筋の手拭は左の手首にくくしつけ、内懐うちぶところにはお浪にかつてもらった木綿財布もめんざいふに、いろいろのまじぜにの一円少しを入れたのをしかと納め、両の手は全空まるあきにしておいて
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
内懐うちぶところにしまって、子供達の部屋に降りて来て、祥子の相手をしていたが、昼食のとき自分の部屋へ帰ったとき、開けてみると、それは、思いがけない不当な大金であった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「寒い。」と技師が寄凭よりかかって、片手の無いのに慄然ぞっとしたらしいその途端に、吹矢筒をそっと置いて、ただそれだけ使う、右の手を、すっと内懐うちぶところへ入れると、繻子しゅすの帯がきりりと動いた。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まい内懐うちぶところに入れ、弥助に向ひて「いゝ男だなあ」とてれかくしをいふ。
私は手を内懐うちぶところへ入れて、状袋じょうぶくろの中から五十銭玉を裸のまま取り出した。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そう言いながらガラッ八は、内懐うちぶところから抜いた野暮な財布を逆にしごくと、中からゾロリと出たのは、小判が七八枚に、小粒、青銭取交ぜて一とつかみほど。
宗助はそれを洋服の内懐うちぶところに押し込んで汽車に乗った。約束の興津おきつへ来たとき彼は一人でプラットフォームへ降りて、細長い一筋町を清見寺せいけんじの方へ歩いた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その中の液体を少しずつ小瓶の中に移してしまうと、両方の瓶の栓をシッカリと締めて、大きい方を元の棚に返し、小さい方を内懐うちぶところに落し込んだ……が……その濡れた小瓶が
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「おお、こいつだ。宵から虫が知らせたなあ!」と、万吉も、内懐うちぶところの十手をつかんだ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紫の襟をむように——ふっくりしたのが、あわれにやつれた——おとがい深く、恥かしそうに、内懐うちぶところのぞいたが、膚身はだみに着けたと思わるる、……胸やや白き衣紋えもんを透かして、濃い紫の細い包
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もとの通り、刺激のない調子である。内懐うちぶところへ手を入れながら、三四郎はうしやうと考へた。やがて思ひ切つた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
平次はいつの間に拾ったか、内懐うちぶところから尻尾の欠けた素焼きの狐を出して見せました。
「じゃ、その身柄を正直に明かします。もし……御新造様、わっしはこれが本業なのでございます」と、内懐うちぶところから抜いた紺房の十手を、そッと内儀の前に出して、しらみしぼりの手拭をとった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はワナナク手で茶革の蓋を折り曲げて、タオル寝巻の内懐うちぶところに落し込んだ。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と袖の中にて手を引けば、内懐うちぶところのあたり、浪打つように膨らみたり。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ちょうどついでだから、ここで返しましょう」と言いながら、ボタンを一つはずして、内懐うちぶところへ手を入れた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「丁度ついでだから、此所こゝかへしませう」と云ひながら、ボタンを一つはづして、内懐うちぶところへ手を入れた。女は又
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
生憎あいにく来客だ。御母さんは手真似てまねで早く隠せと云うから、余は手帳を内懐うちぶところに入れて「宅へ帰ってもいいですか」と聞いた。御母さんは玄関の方を見ながら「どうぞ」と答える。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
初めてクララに逢ったときは十二三の小供で知らぬ人には口もきかぬ程内気であった。只髪の毛は今の様に金色であった……ウィリアムは又内懐うちぶところからクララの髪の毛を出して眺める。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「霧深い国を去らぬと云うのか。その金色の髪の主となら満更いやでもあるまい」と丸テーブルの上をゆびさす。テーブルの上にはクララの髪が元の如く乗っている。内懐うちぶところへ収めるのをつい忘れた。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)