“じこう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
時候35.1%
璽光18.9%
事項13.5%
慈興5.4%
時好5.4%
事行2.7%
慈光2.7%
時劫2.7%
時効2.7%
時鴻2.7%
(他:3)8.2%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
時候じこうちやう梅雨つゆにかゝるから、あめらないとしの、つきあるころでも、くもるのであらう。
祭のこと (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
大分だいぶ以前いぜんには以前いぜんだが……やつぱり今頃いまごろ時候じこう川筋かはすぢをぶらついたことがある。
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
小平も樋口も我々の心に住んでおり、璽光じこう信者の狂態も同じ芽が万人の心に必ずある。
男女の交際について (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
璽光じこう様ですか。あれは偉大なるものだ。僕は遠く及ばんです。双葉山は璽光内閣の厚生大臣ださうですが、僕などは文部省の風教課とか何とかいふ小役人にすぎないので」
破門 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
かくありふにの二三の事項じこうを以てせり、しかしてこたへぬ。
問答二三 (新字旧仮名) / 内村鑑三(著)
はた公益上こうえきじよう必要ひつようくべからざる事項じこう叙述じよじゆつせんとするものである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
立山は大宝元年に慈興じこう上人が開いたといい、白山は養老元年に泰澄和尚が開いたという。
山の今昔 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
慈興じこうと号して立山を開いたという。
二、三の山名について (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ましてやこの大島田おほしまだをりふしは時好じこう花簪はなかんざしさしひらめかしておきやくらへて串談じようだんいふところかば子心こゞころにはかなしくもおもふべし
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ましてやこの大島田に折ふしは時好じこう花簪はなかんざしさしひらめかしてお客をらへて串談じようだんいふ処を聞かば子心には悲しくも思ふべし、去年あひたる時今は駒形こまかた蝋燭ろうそくやに奉公してゐまする
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
認識主観としての純粋自我は、フィヒテにおいて、事行じこう的として弁証法的自我となり、それがフィヒテの実践我として、私はそこに既に新なる実在の世界が開かれたと思うのである。
デカルト哲学について (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
ただし常に微笑をもって、人に春風を感ぜしめるような慈光じこうは持たないが、決して、はた目から見て、
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
句の表現するものは、夏の炎熱の沈黙しじまの中で、地球の廻転する時劫じこうの音を、牡丹の幻覚から聴いてるのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
山村の白昼まひる。山の傾斜に沿うた蔭の畠で、農夫が一人、黙々として畠をたがやしているのである。空には白い雲がうかび、自然の悠々たる時劫じこうの外、物音一つしない閑寂さである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
かれはすぐに下田の警察へ駆け込んで過去の罪を自首したが、それはもう時効じこうを経過しているので、警察では彼を罪人として取扱うことが出来なかった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私はその次にはいって来た、時鴻じこうと云う芸者を眺め出した。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この屋外おくがい避難ひなんすることの不利益ふりえき場合ばあひ次項じこう説明せつめいすることゝし
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
人ニ郷党自好じこうノ士アリ。詩ニモマタ郷党自好ノ詩アリ。桓寛かんかんガ『塩鉄論えんてつろん』ニ曰ク鄙儒ひじゅ都士としカズト。信ズベシ矣。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
帆もかじも無い丸木舟が一そうするすると岸に近寄り、魚容は吸われるようにそれに乗ると、その舟は、飄然ひょうぜん自行じこうして漢水を下り、長江をさかのぼり、洞庭を横切り
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)