魚河岸うおがし)” の例文
陸路を威勢よく走って運ばれたものであろうが、それにしても日本橋の魚河岸うおがしに着く時分じぶんは、もはや新鮮ではあり得なかったろう。
いなせな縞の初鰹 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
幸い丸の内まで逃げのびたS氏の話をきくと、荷物の車をひいて魚河岸うおがしの三、四町の間を通るのに、一時間以上もかかったという。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
学生時代に日本橋に魚河岸うおがしのあった頃、あの屋台店の鮨の立食たちぐいに始まって、東京中のうまい物を片っ端から荒し廻ったのです。
去年の春の、——と云ってもまだ風の寒い、月のえたよるの九時ごろ、保吉やすきちは三人の友だちと、魚河岸うおがしの往来を歩いていた。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
誰か旧魚河岸うおがしの方の側で手鏡を日光にらしてそれで反射された光束を対岸のビルディングに向けて一人で嬉しがっているものと思われた。
異質触媒作用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
日本橋魚河岸うおがしの若い衆たちは、旗本、朝比奈甲斐守あさひなかいのかみの屋敷に、その総代人をおくり、「魚河岸だけは、私どもが守ります、御免じ願います。」
あの山家やまが育ちの小学生も生まれて初めて東京魚河岸うおがしの鮮魚を味わい、これがオサシミだとお粂に言われた時は目をまるくして
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
魚河岸うおがし築地つきじへうつってからは、いっそう名前もすたれて、げんざいは、たいていの東京名所絵葉書から取除かれている。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
町の旅籠はたごや料理屋へさかなを仕送っている魚河岸うおがしの問屋の旦那が、仕切を取りに、東京からやって来て、二日も三日も、新建しんだちの奥座敷に飲つづけていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
肴の荷をいて走る魚河岸うおがしの若い者では、「霜しろく荷ひつれけり」はうつるまい。但一人でないから、幾分にぎやかな様子はこの句からも窺うことが出来る。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
ちょうど、延宝年間に納めた魚河岸うおがしの大提灯を斜めにして、以前の国芳が全体を現わしているところ。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
明治も改元して左程さほどしばらく経たぬ頃、魚河岸うおがしに白魚とあゆを専門に商う小笹屋という店があった。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
せめて御賓頭顱おびんずるでもでて行こうかと思ったが、どこにあるか忘れてしまったので、本堂へあがって、魚河岸うおがし大提灯おおぢょうちん頼政よりまさぬえ退治たいじている額だけ見てすぐ雷門かみなりもんを出た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
空になった酒樽のまわりには、すで入って了った者共が、魚河岸うおがしまぐろの様に取残されていた。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ついそこの魚河岸うおがしから、威勢のいいのがまぐろ桜鯛さくらだいをかついで、向う見ずに駈けだしてくるかと思うと、おりの槍が行く、おかごく——武士や町人、雑多な中に鳥追とりおいの女太夫が
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その雛段にも連中はならんだから、魚河岸うおがしとか新場とか、大根河岸だいこんがしとか、吉原や、各地の盛り場の連中見物、その他、水魚連すいぎょれんとか、六二連ろくにれん見連けんれんといった、見巧者みごうしゃ、芝居ずきの集まった
魚河岸うおがしあたりの若い衆は五本も六本も団扇をもらって行ったそうである。
「まるで、魚河岸うおがしにまぐろが着いたようじゃないか」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
魚河岸うおがしまぐろがついたように雑然ところがった石の上を、ひょいひょいとびとびに上るのである。どうかするとぐらぐらとゆれるやつがある。
槍が岳に登った記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
富士山の見える日本橋に「魚河岸うおがし」があって、その南と北に「丸善」と「三越」が相対しているのはなんだかおもしろい事のように思われる。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
魚河岸うおがしから集金に来ている一人の親方は、そこの広間で毎日土地の芸妓げいしゃ鼓笛つづみふえの師匠などを集めて騒いでいた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
魚河岸うおがしにおける一日約一千尾の大まぐろは、大部分が焼き魚、煮魚として夏場なつばのそうざいとなるのである。
鮪を食う話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
朝になって見ると、広瀬さんは早く魚河岸うおがしの方へ出掛けて行く。前の日に見えなかった料理方の人達も帰って来ていて、それぞれ一日の支度を始める。新七もじっとしていなかった。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それを見て、直ぐあとにいて来ながら、葛岡は、手を一つわたくしの身体にかけても呉れないわびしさ。わたくしたちは旧魚河岸うおがしの通りに来ました。河岸の家並の間から見透かされる日本橋の橋欄。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
生魚はすぐ隣に魚河岸うおがしがあるからいいが、しかし三越でもねこや小猿やカナリヤを販売したらおもしろいかもしれない。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
夏場、東京魚河岸うおがしで扱うまぐろは一日約一千尾という。秋よりこれからの冬に約三百尾を売りさばくというのであるから、東京のまぐろ好きが想像されようというもの。
鮪を食う話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
人々の間では、「どこそこのうなぎがよい」というようなお国びいきもあるし、土地土地の自慢話も聞かされるが、東京の魚河岸うおがし京阪けいはんの魚市場に代表的なものがある。
鰻の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
戦後のこと、魚河岸うおがしにまぐろが二本か三本しか来なかったといって、普通の店舗に入らなかった場合にも、この店には堂々たるまぐろが備えてあった。他の寿司屋すしやではそうはいかない。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
しかし、本店のおやじがジャズ調であるのに反し、支店は地唄じうた調というところで、いとも静かな一見養子風の歯がゆいまでにおとなしい男。毎朝魚河岸うおがしに出かけ、帰るやただちに仕込みにかかる。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)