近松ちかまつ)” の例文
西鶴さいかく其磧きせき近松ちかまつの世話物などは、ともに世相の写し絵として、くりかえし引用せられているが、言葉の多い割には題材の範囲が狭い。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
わたくしはかつて歴史の教科書に、近松ちかまつ竹田たけだの脚本、馬琴ばきん京伝きょうでんの小説が出て、風俗の頽敗たいはいを致したと書いてあるのを見た。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
人は『源氏物語』や近松ちかまつ西鶴さいかくを挙げてわれらの過去を飾るに足る天才の発揮と見認みとめるかも知れないが、余には到底とうていそんな己惚うぬぼれは起せない。
『東洋美術図譜』 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
初秋に出る掛物は常に近松ちかまつの自画自讃ときまっていた。それは鼠色の紙面へ淡墨うすずみを以て団扇うちわを持てる女の夕涼みの略図に俳句が添えてあった。
近松ちかまつの書きました女性の中でおたねにおさい小春こはるとおさんなどは女が読んでもうなずかれますが、貞女とか忠義に凝った女などは人形のように思われます。
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
文芸に携わる者は誰も皆其処そこに基調を持つ。芭蕉と同時代にあった近松ちかまつでも西鶴さいかくでもいずれも、もののあわれを感じて筆を執ったことに変りはない。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
二葉亭も院本いんぽんや小説に沈潜して好んで馬琴ばきん近松ちかまつの真似をしたが、根が漢学育ちで国文よりはむしろ漢文を喜び、かつ深く露西亜文にしたしんでいたから
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
わが国の沙翁しゃおう近松ちかまつは劇作の第一原則の一つとして、見る人に作者の秘密を打ち明かす事が重要であると定めた。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
新俳優伊井蓉峰いいようほう小島文衛こじまふみえの一座市村座いちむらざにて近松ちかまつが『寿門松ねびきのかどまつ』を一番目に鴎外先生の詩劇『両浦島ふたりうらしま』を中幕なかまくに紅葉山人が『夏小袖なつこそで』を大喜利おおぎりに据ゑたる事あり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
(熱心に棚の書物を検べる。)近松ちかまつ全集、万葉集略解まんえふしふりやくげ、たけくらべ、アンナ・カレニナ、芭蕉ばせう句集、——ない。ない。やつぱりない。ないと云ふ筈はないのだが……
LOS CAPRICHOS (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
内證ないしよ情婦いろのことを、おきせんとふ。たしか近松ちかまつ心中しんぢうもののなにかに、おきせんとて言葉ことばありたり。どの淨瑠璃じやうるりかしらべたけれど、おきせんもいのに面倒めんだうなり。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それが近松ちかまつ黙阿弥もくあみ張りにおもしろくつづられていたものである。これは実に愉快な読み物であったが、さすがにこのごろはそういうのは、少なくも都下の新聞にはまれなようである。
ジャーナリズム雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
手習いがいやなのではなく、寺院おてら夫人だいこくさんが、針ばかりもたせようとするのが嫌だったのだ。もっとも、近松ちかまつ西鶴さいかくの生ていた時代に遠くなく、もっとも義太夫ぶし膾炙かいしゃしていた京阪けいはん地方である。
米屋甚助事石黒善太夫いしぐろぜんだいふ筆屋三右衞門事福島彌右衞門ふくしまやゑもん町方住居ぢうきよの手習師匠矢島主計やじまかずへ辰巳屋たつみや石右衞門番頭三次事木下新助きのしたしんすけ伊丹屋十藏事澤邊さはのべ十藏酒屋長右衞門事松倉まつくら長右衞門町醫師いし高岡玄純たかをかげんじゆん酒屋新右衞門事上國かみくに三九郎鎗術さうじゆつ指南しなんの浪人近松ちかまつげん八上總屋五郎兵衞事相良さがらでん九郎と各々改名かいめいさせ都合十人の者を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もっとも先刻、近松ちかまつ甚三郎じんざぶろうの話を致した時には、伝右衛門殿なぞも、眼に涙をためて、聞いて居られましたが、そのほかは——いや、そう云えば、面白い話がございました。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
近松ちかまつ西鶴さいかくが残した文章で、如何なる感情の激動をもいいつくし得るものと安心していた。音波おんぱの動揺、色彩の濃淡、空気の軽重けいちょう、そんな事は少しも自分の神経を刺戟しげきしなかった。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
近松ちかまつの俊寛は源平盛衰記げんぺいせいすゐきの俊寛よりも、遙かに偉い人になつてゐる。勿論舟出ふなでを見送る時には、嘆き悲しむのに相違ない。しかしそのは近松の俊寛も、安らかに余生を送つたかも知れぬ。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)