そら)” の例文
但しその年表が東京だけにとどまって、関西方面まで手が廻らないのは、編者が関西劇界の事情をよくそらんじていないがためである。
明治演劇年表 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼はしばらくプログラムの表面を見ていたが、今の「木製の人形」に出ている十人のレビュー・ガールの名前を胸のうちにそらんじた。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まちの何軒目には、何という人が住んでいるということをそらんじて、何か非常な秘密を握った気になってよろこんでいたものである。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
トスカニーニはひどい近眼のため指揮台上の譜が読めないので、その人間離れのした記憶力でスコアをそらんじてしまうのである。
そういう詩の幾多の文句を陪審官諸氏が一語一語舌端にそらんじておられるであろうことを自分はよく知っているが、——と検事長が言うと
森久保氏は一度読んだ書物ほんなら滅多に忘れない。何枚の何行目にどんな文句があるといふ事まで、ちやんとそらんじてゐる。
僕はプリュドンムも読んだ、民約論(ルーソーの)も知ってる、共和二年の憲法もそらんじてる。『人民の自由は他の人民の自由が始まる所に終わる』
彼女は、そらで覚えているのである。ただ耳を澄まして音を聴けばいい。それでもし、鍋が音を立てていなかったら、柄杓ひしゃくで一杯水をぎ込むのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
内部うちに満ちあふれる勝利と歓喜の情がその声に力をつけた。目の中が暗くなったので、行と行が入り交じってきたが、彼女はそらでちゃんと読むことができた。
「孔明先生には、よく六韜りくとうそらんじ、三略に通ずと、かねがね伺っていますが、日々、兵書をお読みですか」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どんな複雑な論理をも容易たやす辿たどって行く人が、却って器械的にそらんじなくてはならぬ語格の規則に悩まされたのは、想像しても気の毒だと、私はつくづく思った。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
このおかげに私は幼時から馬琴に親しんだ。六、七歳頃から『八犬伝』の挿絵を反覆して犬士の名ぐらいは義経・弁慶・亀井・片岡・伊勢・駿河と共にそらんじていた。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
帰ってからその文句の廉々かどかどそらんずるにつけて罪恐ろしく、よせばよかったと思っても見、首尾よく行けばいゝとも思って見、思い思って五日と経ったが返詞へんじが無い
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
そは閨情けいじやう、懷古、伊太利風土の美、藝術、詩賦等、何物にも附會し易きものあるを用ゐ、又人の喝采を博すべき段をば先づ作りてそらんじ置くことを得る事なりと云ふ。
いままで何かでそんな字を見て、そらんじてゐたが、何のことだかよく分らずにゐた——それが、いま、いかにもぴつたりと彼女には感ぜられた。が、それだけではなかつた。
おもかげ (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
ところが、この女地主の手許てもとには、そんな名簿の書附かきつけなどは何ひとつなく、彼女は殆んど全部そらで憶えていた。そこでさっそく彼は、老婆に一々その名前をあげさせることにした。
斜めに落ちかゝつたやうな位置で皎々とかゝつてゐた。細かい羽根のやうな冷たさを含んだ尾は、途方もなく大きい穹形ゆみなりでゆるく消えてゐた。それは人間には一寸そらでは画かれない線だつた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
彼はツクルチ・ニニブ一世王の治世第何年目の何月何日の天候まで知っている。しかし、今日きょうの天気は晴かくもりか気が付かない。彼は、少女サビツがギルガメシュをなぐさめた言葉をもそらんじている。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
三人は空濠からぼりを横に通り越してなお高く上った。とうとう四方にあるものは山の頭ばかりになった。そうしてそれが一つ残らず昔の砲台であった。中尉はそれらの名前をことごとくそらんじていた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
決して四角でないことなどをそらんじていた。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
何遍もくり返して、そらで覺えてしまひましたが、——あの晩、騷ぎの眞つ最中にお元の聲を聞き付けて、六助と勘次とあつしが驅け付けました。
百首のうちに幾つあるということをそらんじてしまって、初五文字しょごもじを読んでしまわないうちに、どれでもいように、二三枚のかるたを押えてしまうことが出来なくては
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
新一の大胆不敵にしてしかも寸毫すんごうの錯誤なき活動は望月少佐を驚歎せしめた。彼はこの怪屋の構造をそらんじ、どこにどんな見張りがいるかを、掌を指すがごとく知り尽していた。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
沙翁シェイクスピアは文人として英国のみならず世界の最大の名で、その作は上下を通じてあまねく読まれ、ハムレットやマクベスの名は沙翁の伝記の一行をだも読まないものにもそらんぜられている。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
と、ヨハンは、お蝶にもわかることばに訳して、そらで読んで聞かせてから
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その頃の車夫にはなかなか芝居の消息をそらんじている者もあって、今度の新富チョウは評判がいいとか、猿若マチは景気がよくないとか、車上の客に説明しながらいてゆくのをしばしばきいた。
島原の夢 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ペトラルカが小抒情詩をば、盡くそらんぜしめられき。ダンテが作をば生徒の目に觸れしめざりき。我は僅に師の詞によりて、そのおもなる作は、地獄、淨火、天堂の三大段に分れたるを知れりしのみ。
彼はわたしという人間をそらで知っていたのである。
みちゆきのさざめき、そらきほくる
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
六十余種の名香、一つとしてそらんじないものは無いと信じ切って居る丈太郎ですが、この香ばかりは得体がわかりません。
川手氏さえ戸惑いしそうな複雑な邸内の間取りを、子供の癖にちゃんとそらんじているらしく、少しも躊躇しないで、廊下から座敷へ、座敷からまた別の廊下へと、グングン進んで行く。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「一見にも及ぶまい。その方としては内容の、一行一行、そらんじているほどの物。——そちがやしきの炉の上に懸けつるしあった物。……紋太夫、そちの弁舌も、はや無用と、さとったであろう」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その頃の車夫にはなかなか芝居の消息をそらんじている者もあって、今度の新富チョウは評判がいいとか、猿若マチは景気がよくないとか、車上の客に説明しながらいてゆくのをしばしば聞いた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
道ゆきのさざめき、そらに聞きほくる
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
何遍もくり返して、そらで覚えてしまいましたが、——あの晩、騒ぎの真っ最中に、お元の声を聞き付けて、六助と勘次とあっしが駆け付けました。
丹六は当代には珍らしい日本水泳が上手で、溺れる者の救助などは、伝統的な方法をちゃんとそらんじていたのです。
その頃は江戸八百八町と言つても、人口にして百萬に充たず、有名な物持や大町人や、筋の通つた家柄は、御用聞の平次ならずとも大方そらんじて居たのです。
その頃は江戸八百八町と言っても、人口にして百万に充たず、有名な物持や大町人や、筋の通った家柄は、御用聞の平次ならずとも大方そらんじていたのです。
語り尽した雑談の数々は、もとより一つも記憶しませんが、藤波金三郎の不思議な情熱だけは忘れることも出来ない記憶になって、片言隻句までもそらんじて居ります。
巨盗の幽霊の手紙は、明らかに紛失しましたが、さいわい総右衛門が文句をそらんじているのと、留吉が筆跡や紙をよく見ておいたので、大体のことは平次にも想像がつきます。
こんな社会の消息なら、誰よりもよくそらんじて居る千種十次郎は、いろんな事情を考え乍ら、乗ったタクシーの尻を引っぱたくような心持で、代官山の長島博士の門口へ着きました。
音波の殺人 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
私は、この文字通りはりつる一万枚のレコードを、くり返しくり返し聴いて来た。レコードされている限り、いろいろの曲は聴き尽し、いろいろの演奏家の癖はそらんじてしまった。
私はそんな心持にはなれませんでしたが、友人の最後の望みにそむくわけには行きません。友人の手からストラドヴァリウスを受取って、私がそらんじて居る限りの、静かな淋しい曲をひいてやりました。
天才兄妹 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)