萌葱もえぎ)” の例文
変な好みの、萌葱もえぎがかった、釜底形かまぞこがたの帽子をすッぽり、耳へかぶさって眉の隠るるまでめずらした、脊のずんとある巌乗造がんじょうづくり
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
柳の色の厚織物の細長に下へ萌葱もえぎかと思われる小袿こうちぎを着て、薄物の簡単なをつけて卑下した姿も感じがよくてあなずらわしくは少しも見えなかった。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
かみさんらしい女がズツクの袋を背負ひ直したので、婆さんも萌葱もえぎの大風呂敷に包んだ米の袋を背負ひ、不案内な田舎道を二人つれ立つて歩きはじめた。
買出し (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
やがて源氏の武者一騎、萌葱もえぎおどしの鎧きて、金覆輪きんぷくりんの鞍置いたる黒駒にまたがり、浪打ちぎわより乗入ったり。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
着物は新大島、羽織はそれより少し粗い飛白かすりである。袴の下に巻いていた、藤紫地に赤や萌葱もえぎで摸様の出してある、友禅縮緬ゆうぜんちりめんの袴下の帯は、純一には見えなかった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
熱海の街が少しく煙り、網代の街の屋根瓦が光らなくなつた頃、船は航程の半分を越えたのだと船頭が云ひました。其頃から舳先へさきに當る初島は藍鼠色より萌葱もえぎ色に近くなりました。
初島紀行 (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
萌葱もえぎの短い前垂の女中が後ろを振り返つてそれを見入り、銕丹染べにがらぞめの風呂敷の番頭はんも足を停め、茶屋の前で二三人の女中が手を組み合はせて眺める所は、宛然として浪華風俗畫卷の題目であつた。
京阪聞見録 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
屋台のまがきに、藤、菖蒲あやめ牡丹ぼたんの造り花は飾ったが、その紅紫の色を奪って目立ったのは、膚脱はだぬぎより、帯の萌葱もえぎと、伊達巻の鬱金うこん縮緬ちりめんで。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
痩せてはいるが背も高い方で、うすい桃色地に萌葱もえぎのふちを取った絹の着物を着て、片手を老女にひかれながら、片手の袖は顔半分をうずめるようおおっていた。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ほとんどその半身をおおうまで、うずだかい草の葉活々いきいきとして冷たそうに露をこぼさぬ浅翠あさみどりの中に、萌葱もえぎあか、薄黄色、幻のような早咲の秋草が、色も鮮麗あざやかに映って
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銀杏の葉ばかりのかれいが、黒い尾でぴちぴちと跳ねる。車蝦くるまえびの小蝦は、飴色あめいろかさなって萌葱もえぎの脚をぴんと跳ねる。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
胸をこはぜがけにて、うしろ折開おりひらいた衣紋着えもんつきぢや。小袖こそでと言ふのは、此れこそ見よがしで、かつて将軍家より拝領の、黄なるあやに、雲形くもがた萌葱もえぎ織出おりだし、白糸しろいとを以てあおい紋着もんつき
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
庵室あんじつから打仰うちあおぐ、石の階子はしごこずえにかかって、御堂みどうは屋根のみ浮いたよう、緑の雲にふっくりと沈んで、山のすその、えんに迫って萌葱もえぎなれば、あまさが蚊帳かやの外に、たれ待つとしもなき二人
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大好だいすきあじの新切で御飯が済むと、すずりを一枚、房楊枝ふさようじを持添えて、袴を取ったばかり、くびれるほど固く巻いた扱帯しごき手拭てぬぐいを挟んで、金盥かなだらいをがらん、と提げて、黒塗に萌葱もえぎの綿天の緒の立った
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……床に行李こうりと二つばかり重ねた、あせた萌葱もえぎ風呂敷ふろしきづつみの、真田紐さなだひもで中結わえをしたのがあって、旅商人たびあきんどと見える中年の男が、ずッぷり床を背負しよって当たっていると、向い合いに、一人の
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
講中なんぞのそろいらしい、目に立つ浴衣ゆかたに、萌葱もえぎ博多の幅狭はばぜまな帯をちょっきり結びで、二つ提げ淀屋ごのみの煙草入をぶらつかせ、はだけにはだけた胸から襟へ、少々誇張だけれど、嬰児あかんぼの拳ほどある
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)