背馳はいち)” の例文
彼自身は修行の際に語録を読むことをやめて専心に打坐たざした。しかし打坐を重んずることは言葉による表現と背馳はいちするものではない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そうして一時は仏説などの因果の考えとは全く背馳はいちする別物であるかのように見えたのが、近ごろはまた著しい転向を示して来て
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それは目的とはまったく背馳はいちしていて、かえってクリストフを遠ざけていた。クリストフはもはやその不機嫌ふきげんさを隠そうとしなかった。
すると彼らには明かに背馳はいちした両面の生活がある事になる。業務についた自分と業務を離れた自分とはどう見たって矛盾である。
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ところが、城中一方の大将たる呂常りょじょうなどの考えは、まったくそれと背馳はいちしていた。城に籠るは最後のことだ。まして、軍書にも明らかに
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小山「それは感情から来るのだ。感情は多く道理と背馳はいちする。君がお登和さんと結婚すべき正当の道理があれば御両親もそれを ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その所論おのおのおもむきを一にせずして、はなはだしきは相互あいたがい背馳はいちするものもあるに似たれども、平安の一義にいたりては相違あいたがうなきを見るべし。
教育の目的 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あるいはまたそれに反して志向するところ欲求するところに背馳はいちした世界が現前し、更にそれに向って変革を要求せざるを得なくなることもある。
歴史の矛盾性 (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
もちろん物資愛護ぶっしあいごの叫ばれる現下げんかの国策に背馳はいちする行為ではあったが、しかし光枝の場合は、壊すための理由があった。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし、どちらも、正式に口に出さない理由を感じ取っていた。話の出るのが遅れれば遅れるほどお互いの考えは遠く背馳はいちするのではなかろうか。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
妊娠分娩等の時期にある婦人が国家に向って経済上の特殊な保護を要求しようという欧米の女権論者の主張が私たちの理想と背馳はいちすることを思って
平塚さんと私の論争 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
これは恐らく、彼の満足が、暗々のうちに論理と背馳はいちして、彼の行為とその結果のすべてとを肯定するほど、虫の好い性質を帯びていたからであろう。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
燕王、指揮しき武勝ぶしょうりて、朝廷兵をむるを許したまいて、而して糧を絶ち北を攻めしめたもうは、前詔ぜんしょう背馳はいちすと奏す。帝書を得て兵をむるの意あり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これは一見私の志している所と背馳はいちしているようであるがそうではない。よく両立し得るものである。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
こうして、いよいよロス氏と警察の間に意見が背馳はいちしてくると、警察は急に積極的に出た。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
コレアルハ六朝りくちょうヨリ始ル。然レドモ唐宋大賢ノ文ヲルニ直ニ胸臆きょうおくヲ抒シ通暢つうちょう明白ニシテ切ニ事理ニ当ル。ノ彫虫篆刻てんこくスル者トハ背馳はいちセリ。名ハ集ナリトイヘドモ実ハ子ナリ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
した無残な烙印やきいんには、たしか索溝の形状かたちと、背馳はいちするものがあるように思われるんだが
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
今回計らずもデモクラシーの本家本元なる米国に渡るを好機会として、自分の述べた事が他人の、ことに先輩の説くところとどれほど符合するか、また背馳はいちするかを見たい心掛である。
平民道 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
時代の好尚と背馳はいちした、かかる古曲を持ち伝へてゐた人だけに、門弟といふものも、ほとんど無ければ、同情のある聴き手も至つて稀で、言はば、演奏者と聴衆とを合せて唯一人のみで
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
このたびの戦争が、吾人人類にあまねく一大教訓をもたらすべきであるが、しかし我輩の考うる一大教訓とは全く背馳はいちして、このたびの戦争に基づき将来を予想して、再び一大戦争の起ると見るものもある。
列強環視の中心に在る日本 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
神が歴史を指導するというのは、人の経営に対して大方針を授け、この方針に背馳はいちする経営をば是正するとの意である。人が歴史を営むには、神の正義を実現すべしとの根本方針が与えられている。
彼のいたづら靜養せいやう瞑坐めいざを事とすのみならば、則ち此の學脈がくみやく背馳はいちす。
その永久不変の使命に背馳はいちすることになるのであります。
剣聖の心境に背馳はいちすること千万なり。
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
舞台の出来事はたえずその小説と背馳はいちするので、また新たに筋を立て直さなければならなかった。しかし彼はそれに困らされはしなかった。
一つにはまた実際に近頃の二科会の絵の傾向が自分の好みに背馳はいちして来たように思われたためもある。
二科展院展急行瞥見 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その偽物を床の間へかけて風流だとか高尚こうしょうだとかひとりでよがって台所では青銅鍋からかねなべを使っているような似非風流が長く流行したら日本国も亡びるね。我邦の風流は大概実用と背馳はいちしている。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
魯粛の考えとは非常に背馳はいちしているけれど、まだ曹操との一戦も開始しないうちに、味方の首脳部で内紛論争を起すのもおもしろくないことだし、先は、大都督の権を以てすることなので、魯粛も
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかるに日本の老人の多数は私のこの理想と全く背馳はいちしている。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
夜にしばしば寝床の中で、自分の理想と背馳はいちする種々なこまかい昼間の出来事を、思い浮かべては嘆息した。
それはとにかく彼がミュンヘンの小学で受けたローマカトリックの教義と家庭におけるユダヤ教の教義との相対的な矛盾——因襲的な独断と独断の背馳はいちが彼の幼い心にどのような反応を起させたか
アインシュタイン (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
自分のうちにもってる善良な正直なものと背馳はいちしようとつとめているのか、それを怪しむのであった。
しかも、他人の中をのぞき込み、その内部の思想を穿鑿せんさくし、もしそれが一般の意見に背馳はいちするようなものであるときには、その説明を求める、という権利を各人がもっている。
それが自分の本心と背馳はいちするならば、自分の本心のほうが誤りであるとしたかもしれない。彼女は町の人々を軽蔑けいべつしていた。しかも町の人々から軽蔑されることは堪えがたかった。