索寞さくばく)” の例文
僕に取って事実というものくらい無味索寞さくばくなものはない。それは眼の前の道端に転がっている石同様、たゞそれ切りのものだ。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
何故なぜ家はうなんだらうと、索寞さくばくといふよりは、これぢやむし荒凉くわうりやうツた方が適當だからな。」とつぶやき、不圖ふとまた奧をのぞいて、いらツた聲で
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
一方には老後の索寞さくばく、月経閉鎖期前後の悲哀、その他種種の事情から精神の平衡を欠き、もしくはヒステリイ症にかかっている婦人だからである。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
しかしその陶然と赤くなつた顔は、この索寞さくばくとした部屋の空気が、あかるくなるかと思ふ程、男らしい活力にあふれてゐた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
屋根ばかりしか見えない窓外の索寞さくばくとした景色けしきのなかで、特に私の眼をひくものといったら、それだけなのであった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
かれふゆになつてまたおこりかけた僂痲質斯レウマチスおそれてきはめてそろ/\とはこんだ。利根川とねがはわたつてからは枯木かれきはやし索寞さくばくとして連續れんぞくしつゝかれんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
先生がくに索寞さくばくたる日本を去るべくして、いまだに去らないのは、実にこの愛すべき学生あるがためである。
ケーベル先生 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こんなところは、宿泊料も安いであろうという、理由だけで、私はその索寞さくばくたる山村を選んだ。昭和十五年、七月三日の事である。その頃は、私にも、少しお金の余裕があったのである。
一つの齟齬そごもなくすべてが完了したとき、そうだ、おれは索寞さくばくと恥ずかしくなり、いたたまれなくなった……どうしてそこにいられるか、事が完了した以上おれは余計な人間じゃないか、あとは
日日平安 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
須臾しゅゆにして月影は除き、僕は眼の前にまぼろしと詩を生ましめたものが只の路傍の石でしかなかったことに気付くと、一層事実に対して索寞さくばくの気持を増す。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
だから索寞さくばくたる曠野あらのの方角へ向けて生活のみちを歩いて行きながら、それがかえって本来だとばかり心得ていた。温かい人間の血を枯らしに行くのだとは決して思わなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十位とをぐらゐでもそれから廿はたちるものでもみな前垂まへだれけてる。前垂まへだれがなければ彼等かれら姿すがた索寞さくばくとしてしまはねばらぬ。彼等かれらあしはぬ不恰好ぶかつかうしわつたしろ足袋たび穿いてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼はページを開くとすぐ眠くなった。それは努めて読んで行くとその索寞さくばくさに頭が痛くなって、しきりに喉頭こうとうへ味なるものが恋い慕われた。彼は美味な食物をあさりに立上ってしまった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
上野の音楽会でなければ釣り合わぬ服装をして、帝国ホテルの夜会にでも招待されそうなこの女が、なぜかくのごとく四辺の光景と映帯えいたいして索寞さくばくの観を添えるのか。これも諷語ふうごだからだ。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)