やせ)” の例文
どんなにやせこけているにしても……その外套の毛皮が如何に薄いものであるにしても、とても尋常な人間の出来る芸当とは思えない。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もう一ツ小盥をかさねたのを両方振分にして天秤てんびんで担いだ、六十ばかりの親仁おやじやせさらぼい、枯木に目と鼻とのついた姿で、さもさも寒そう。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひげやしてゐる。面長おもながやせぎすの、どことなく神主かんぬしじみた男であつた。たゞ鼻筋が真直まつすぐに通つてゐる所丈が西洋らしい。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
此の前に来た時は此様こんなにやせてはいなかったが、何も食べさせはせず、薬一服せんじて呑ませる了簡もなく、出歩いてばっかり居る奴だから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あるもあるも四、五間の間は透間すきまもなきいちごの茂りで、しかも猿が馬場で見たようなやせいちごではなかった。嬉しさはいうまでもないので、餓鬼がきのように食うた。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
当りを付けてやせ公卿くげの五六軒も尋ね廻らせたら、あの笛に似つこらしゅうて、あれよりもずんと好い、敦盛あつもりが持ったとか誰やらが持ったとかいう名物も何の訳無う金で手に入る。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
パアクの祭の日らしく着更きかえた仏蘭西風の黒い衣裳は、やせぎすで、きゃしゃなその娘の姿によく似合って見えた。娘は岡の側へ来て、微笑えみを見せながら白い処女おとめらしい手を差出した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
オーレンカはますますふとって、頭から足の先まで満悦の色に照り輝いていたが、一方クーキンはますますやせせ細りますます黄色くなって、その冬はずっと事業がうまく行っていたくせに
可愛い女 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それはむしろ彼らのやせ我慢で、偶然、貴族の家に生れ合わしたという幸運と、自己の奮励努力によってち得た爵位と、その価値いずれにあるかは、識者を俟たずして明らかなところである。
尾根はやせて大きな岩が露出し、黒檜の若木が石楠のように頑強な枝を張って、かさにかかって押し通ろうとする私達を手鞠てまりのように跳ね返す、笹が思い切って深くなる、その中をおずおず下って行くと
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
やがて彼の前に、霜降しもふり外套がいとうを着た黒の中折をかぶった背の高いやせぎすの紳士が、彼のこれから探そうというその人の権威をそなえて、ありありと現われた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小柄な、やせこけた、見すぼらしい姿の玲子は、たださえ色の悪い顔色を一層、青白くおののかしながらマダムの方へ向き直って、赤茶気たお河童かっぱさんをうなだれた。
継子 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すると貴客あなた、赤城の高楼たかどのの北の方の小さな窓から、ぬうと出たのは婦人おんなの顔、色真蒼まっさお頬面ほうッぺたは消えて無いというほどやせっこけて、髪の毛がこれからこれへ(ト仕方をして)こういう風
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今でこそ私もこんなに肥ってはおりますものの、その時分はやせぎすな小作りな女でした。ですから、隣の大工さんの御世話で小諸こもろへ奉公に出ました時は、人様が十七に見て下さいました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
けれどもその奥に口髭くちひげをだらしなく垂らした二重瞼ふたえまぶちやせぎすの森本の顔だけはねばり強く残っていた。彼はその顔を愛したいような、あなどりたいような、またあわれみたいような心持になった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これがために不思議に愛々しい、年の頃二十三四の小造こづくりやせぎすなのが、中形の浴衣の汗になった、垢染あかじみた、左の腕あたりに大きな焼穴のあるのを一枚引掛ひっかけて、三尺の帯を尻下りに結び
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
思わず三吉は、この姉の家で、父の旧友の一人にった。背の低い、やせぎすな、武士らしい威厳を帯びた、憂鬱と老年とで震えているような人を見た。三吉も狂死した父のことを考える年頃である。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
外套がいとう判切はっきり霜降しもふりとは見分けられなかったが、帽子と同じ暗い光を敬太郎のひとみに投げた。その上背は高かった。やせぎすでもあった。ただ年齢としの点に至ると、敬太郎にはとかくの判断を下しかねた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
拳ぐらいで騒ぎが静まりゃいんですが、酔が廻ると火の玉め、どうだ一番相撲を取るか、とやせッぽちじゃありますがね、狂水きちがいみず総身そうみへ廻ると、小力が出ますんで、いきなりそのほうきの柄を蹴飛けとばして
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
島野はやせぎすで体も細く、釣棹つりざおという姿で洋杖ステッキを振った。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そんなやせっこけた腕でできる稼業かぎょうじゃねえ
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)