甲斐絹かいき)” の例文
甲斐絹かいき、葡萄、水晶の名産地として、古くから知られた土地ではあるが、甲斐を顕揚するものは、甲斐の自然その物であらねばならぬ。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
甲斐絹かいきが安く買えるとか、そんな他愛のないことばかりでしたからお角は、この殿様がどうしてかの立派な御身分から今のように
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
相談した時、甲斐絹かいきのどてらを着て寝床の中に二つに折れ込んでいたその男であるのがあとで知れた。その男は名を正井まさいといった
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
わしかね? わしは江戸の大伝馬町に住む甲斐絹かいき屋九兵衛というもんですがね、その甲斐絹かいきの買出しにこの甲府へきております。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女の仕事は機織はたおりであつて即ち甲斐絹かいきを織り出すのである。その甲斐絹を織る事は存外利の多いものであつて一疋いっぴきに二、三円の利を見る事がある。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
せ姿のめんやうすご味を帯びて、唯口許くちもとにいひ難き愛敬あいきょうあり、綿銘仙めんめいせんしまがらこまかきあわせ木綿もめんがすりの羽織は着たれどうらは定めし甲斐絹かいきなるべくや
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と、どうでしょうそのご上人様の手先を、甲斐絹かいきの手甲の女の手が、ヒョイと握ったではございませんか。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
男がいだけの腰抜け侍とてんから呑んでいるつづみの与吉、するりとぬいだ甲斐絹かいきうらの半纒はんてん投網とあみのようにかぶらせて、物をもいわずに組みついたのだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
白い木綿の下蒲団の上に、甲斐絹かいきの表をつけた木綿の上蒲団であった。その上へ、仰向きになって、眼を閉じた。幾度か枕を直してから、身動きもしなくなった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
みがき立ての光沢つやのいい爪が、指頭と指頭のカチ合う毎にとがった先をキキと甲斐絹かいきのように鳴らした。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
其れには平常いつもの通り、用箪笥だの、針箱などが重ねてあって、その上には、何時からか長いこと、桃色甲斐絹かいきの裏の付いた糸織の、古うい前掛に包んだ火熨斗ひのしが吊してある。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
さやさやと衣摺れの音が聞えるのは、羽二重はぶたえ甲斐絹かいき精好せいごう綸子りんずでなければなりません。
銭形平次捕物控:126 辻斬 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
勝山城のあった谷村やむら町は「甲斐絹かいき」の産地として名があります。この絹織物は薄手で密で、つやがありなめらかさがあり、特に裏地には適したものであります。風呂敷にも好まれました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
が、黒い垢すりの甲斐絹かいきが何度となく上をこすっても、脂気あぶらけの抜けた、小皺こじわの多い皮膚からは、垢というほどの垢も出て来ない。それがふと秋らしい寂しい気を起させたのであろう。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
甲州の甲斐絹かいき問屋の番頭で、いちど妻に死なれ、子供もなかったし、そのまま、かなりのとしまで独身でいて、年に一度ずつ、私のふるさとのほうへ商用で出張して来て、そのうちに
新樹の言葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
鉄無地の道行みちゆき半合羽はんがっぱ青羅紗あおらしゃ柄袋つかぶくろ浅黄あさぎ甲斐絹かいき手甲脚半てっこうきゃはん霰小紋あられこもん初袷はつあわせを裾短かに着て、袴は穿かず、鉄扇を手に持つばかり。斯うすると竜次郎の男振りは、一入ひとしお目立って光るのであった。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
床の抜殻は、こんもり高く、い出した穴を障子に向けている。影になった方が、薄暗く夜着の模様をぼかす上に、投げ懸けた羽織の裏が、乏しき光線ひかりをきらきらとあつめる。裏はねずみ甲斐絹かいきである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
圭子は、今朝判箱を取るために、用箪笥を開けたとき、甲斐絹かいきのごく古風な信玄袋がはいっているのを、チラリと見た。あの中には、貯金の通帳がはいっているはず——あれをそっと持ち出して……。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
第一、秦野屋を江戸の甲斐絹かいき商人とばかり信じているお粂にはまさかそれが、相良金吾さがらきんごだとは夢にも思いつく道理がない。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
葉子はこれらの言葉からそこに居合わす人々の性質や傾向を読み取ろうとしていた。興録のほかに三人いた。その中の一人は甲斐絹かいきのどてらを着ていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
吉田だけは、江戸時代から、郡内の甲斐絹かいきの本場を控えて、旅人の交通が繁かっただけあって、山の坊のさびしさが漂うと共に、宿場の賑わいをも兼ねて見られる。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
いくら庄屋でも、百姓町人は絹の袴は絶対にはけなかったもので、唐桟柄とうざんがらのまちの低い、裏にすべりのいいように黒の甲斐絹かいきか何かついている、一同あれをはいています。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
門口に近い柱にって、甲斐絹かいき手甲てっこう脚絆きゃはんとをつけ、水色のしごきで裾をからげた、三十かそれとも二十八、九歳か、それくらいに見える美しい女が、そう云ったのでございます。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「そう、そんなら今度ついでの時に、甲斐絹かいきの上等を少し見せてもらえまいかね」
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そしてその乳母ばあやが、切支丹屋敷の、あの吉野桜の咲く南縁で、よく、甲斐絹かいきを織る機織唄はたおりうたをうたって聞かせてくれたことも、お蝶はいまだに忘れません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はい、そのことでございますか、実は故郷くにの名産の甲斐絹かいきを持って諸方を廻わり、付近ちかく小千谷おぢやまで参りましたついで、温泉いでゆがあると聞きまして、やって参ったのでございますよ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
飛瀑ひばくを見るごとき白髯、茶紋付ちゃもんつきに紺無地甲斐絹かいきの袖なしを重ねて、色光沢つやのいい長い顔をまっすぐに、両手を膝にきちんとすわっているところ、これで赤いちゃんちゃんこでも羽織れば
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「なんしてもこの通りの山の中でございますから、景色と申しても名物と申しても知れたものでございますが、そのうちでも甲斐絹かいき猿橋さるはし、これがまあ、かなり日本中へ知れ渡ったものでござりまする」
甲斐絹かいきの脚袢には、塵埃ほこりにじんでいた。
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)