生計たつき)” の例文
起き出でし時の心細さ、かゝる思ひをば、生計たつきに苦みて、けふの日の食なかりし折にもせざりき。これ彼が第一のふみあらましなり。
舞姫 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼此かれこれ似つかはしき中なるに、マリアが所有なりといふカラブリアの地面はいと廣しといへば、おん二人ふたり生計たつきさへ豐かなることを得べきならん。
小鳥を刺してそれをその日その日の生計たつきしろにしている鳥刺しが、獲物を入れるべき袋を腰にしていないということは、大いに不埓千万ふらちせんばんなのです。
竹腰と道家はそこからじぶんかくに帰って、不思議な老人に教えられた時機の来るのを待っていた。二人はその間の生計たつきに野へ出てけものっていた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
なんとかして老後の生計たつきを考えておかなければなるまいと思って、それを夫に相談すると、蛇吉はうなずいた。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
戯作なんてもなア、ほかに生計たつきの道のある者が、楽しみ半分にやるなアいいが、こいつで暮しを立てようッたって、そううまくは問屋で卸しちゃくれねえわな
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
若山は、昔なら浪人の手習師匠、由緒あるさむらいがしばし世を忍ぶ生計たつきによくある私塾を開いた。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
尾羽打枯した浪人の生計たつき、致し方なく斯様な営業なりわいをいたして居り、誠に恥入りました訳で、松蔭殿にお目通りを致しますのも間の悪い事でございますが、構わんから参れと
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
『やめよ、やめよ。俵も風に舞わねば食えぬ世間とか、みながいう。盗人も、かせぎのたびに捕まっては、その者は、獄で食えても、盗人の妻子は、生計たつきがたつまい。……のう、客人まろうど
両脇りょうわきに子供をひきつけ、依怙地いこじなほど身体をこわばらせている石のようなお安の後姿を、主水は歎息たんそくするような気持で見まもった。扶持ふちを離れたといっても、明日の生計たつきに困るわけではない。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
御用達ごようたし、——肩で風を切る、勢いで、倉には黄金は、山程積んであろうところから、気随気儘きずいきままに大金を掴み出し、今日の生計たつきにも困るような、貧しい者や、病人に、何ともいわず、バラ撒いて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
うつくしげな養蠶風俗などとは、似てもにつかない生計たつきわざであつた。
桑摘み (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
庄兵衞というて今茲ことし廿年はたち餘り二つに成り未だ定まるつまもなく母のおかつ二個消光ふたりぐらしなせども茲等は場末ばずゑにて果敢々々しき店子たなこもなければ僅かばかりの家主にては生計たつきの立ぬ所より庄兵衞は片手かたて業に貸本を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
この菫花うりの忍びて泣かぬは、うきになれて涙の泉れたりしか、さらずは驚きまどひて、一日の生計たつき、これがためにまむとまでは想到おもいいたらざりしか。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
われおもふに、君は男の身をあやまり射給ひしのみにあらず、女の心をも亦錯り射給ひしなり。雌雄めをは今ならび飛ぶべし。君は唯だこゝにいませ。自由なる快活なる生計たつきなり。
大「誠に恥入りました儀でござるが、浪人の生計たつき致し方なく売卜ばいぼくを致して居ります」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
わが身の生計たつきを求めるうちに、病気にかかるやら、盗難に逢うやら、それからそれへと不運が引きつづいて、石見弥次右衛門という一廉ひとかどの侍がとうとう乞食の群れに落ち果ててしまったのである。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
蛟龍こうりょうも時を得ざれば空しくふちに潜むでな、みな木樵きこりをしたり、この山で、薬草採りなどして生計たつきをたてているが、時到れば、鉢の木の佐野源左衛門じゃないが、この山刀一腰ひとこしに、ぼろよろいまとっても
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次のあした目ざめし時は、なお独りあとに残りしことを夢にはあらずやと思いぬ。起きいでし時の心細さ、かかる思いをば、生計たつきに苦しみて、きょうの日の食なかりし折りにもせざりき。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
大臣に随ひて帰東の途に上ぼりしときは、相沢とはかりてエリスが母にかすかなる生計たつきを営むに足るほどの資本を与へ、あはれなる狂女の胎内に遺しゝ子の生れむをりの事をも頼みおきぬ。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
相沢の助けにて日々の生計たつきには窮せざりしが、この恩人は彼を精神的に殺ししなり。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
相沢の助にて日々の生計たつきには窮せざりしが、此恩人は彼を精神的に殺しゝなり。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
大臣にしたがいて帰東の途にのぼりしときは、相沢とはかりてエリスが母にかすかなる生計たつきを営むに足るほどの資本を与え、あわれなる狂女の胎内にのこしし子の生まれんおりのことをも頼みおきぬ。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
次のあした目醒めし時は、猶独り跡に残りしことを夢にはあらずやと思ひぬ。起き出でし時の心細さ、かゝる思ひをば、生計たつきに苦みて、けふの日の食なかりし折にもせざりき。これ彼が第一の書のあらましなり。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)