物干竿ものほしざお)” の例文
広巳は離屋の前を通って広場へ出た。そこに梅の木がありまきの木などがあって、その枝には物干竿ものほしざおをわたして洗濯物をかけてあった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
物干竿ものほしざおとよぶ大太刀を背中へ負って、前髪の人影はじっと立っていた。すぐ足もとの舷を打つ水明りが、とがっている歯を白く見せた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
菓物くだものを盗んだといっては、追いかけてとらえられて、路傍の門に細引きでくくり付けられ、あるいは長い物干竿ものほしざおで、走る背なかをたれて
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
初のは半紙の罫紙けいしであったが、こん度のは紫板むらさきばんの西洋紙である。手の平にべたりと食っ附く。丁度物干竿ものほしざおと一しょに蛞蝓なめくじつかんだような心持である。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)
突然ドシーンとすさまじい響に家屋を震動させて、隣の屋根の雪が兼太郎の借りている二階のひさしへ滑り落ちた。つづいて裏屋根の方で物干竿ものほしざおの落ちる音。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
折助は物干竿ものほしざおを幾本も担ぎ出しました。跛足びっこになった米友は、その危ない屋根の上をなんの苦もなく走ります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
守人が障子のさんをはう隣の物干竿ものほしざおの影を、ぼんやりと見ていると、とんとんと梯子段を踏み上がって来る足音。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いるとすればどこからか戸迷とまどいをしてまぎれ込んで来たに相違ない。三越陳列場の断片を切り抜いて落柿舎らくししゃ物干竿ものほしざおへかけたようなものだ。対照の極とはこれであろう。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
弥一の義母しづ、庭の物干竿ものほしざおより、たくさんの洗濯物を取り込みのさいちゅう。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
はしゃぎきったひさしにぱちぱちと音がして、二時ごろ雨が降って来た。その音にお庄は目をさまして、急いで高い物干竿ものほしざおにかかっていた洗濯物を取り入れた。中にはまだ湿々じめじめしているのもあった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一軒ごとに一間ばかりの丸太がありそれへ小割こわりが打って物干竿ものほしざおの掛る様になっているから、此の物干伝いに伝わってけば、何処どこへか逃げられるとは思ったが、なか/\油断は出来ませんから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「八、物干竿ものほしざおを一本借りて鳶口とびぐちゆわえて来い」
しかるとせば、不肖ながら、佐々木小次郎も、久しく伝家の物干竿ものほしざおに生血のぎを怠っていたところで——勿怪もっけしあわせといいたいのだ。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家の入り口には、肌襦袢はだじゅばんや腰巻や浴衣ゆかた物干竿ものほしざおに干しつらねてある。郁治は清三とつれだって行った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
一遍は与吉が怒って下から物干竿ものほしざおを突き出したので、喜いちゃんは驚いてうちへ逃げ込んでしまった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
背の高い西洋の女が手に持っておもちゃにするには好かろうが、ずんぐりむっくりしたお常が持って見ると、極端に言えば、物干竿ものほしざおさきへおむつを引っ掛けて持ったようである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
見うけるところ汝も武士さむらいはしくれらしい。久しくそういう骨っぽい人間に出会わないので、背中の物干竿ものほしざおが夜泣きをしていた折でもある。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
台所のひさしから家根やねに飛び上がる方、家根の天辺てっぺんにある梅花形ばいかがたかわらの上に四本足で立つ術、物干竿ものほしざおを渡る事——これはとうてい成功しない、竹がつるつるべって爪が立たない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わしが頼もうという刀は肩に負っているこの物干竿ものほしざおという名称のある伝来の逸品、無銘だがかくの通り摺上すりあげもない備前物の名作だ
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「銘はありませんが、そういい伝えています。国許くにもとでは、知られている刀で、物干竿ものほしざおという名があるくらいです」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ、変らないのは、愛刀物干竿ものほしざおだけで、これは太刀作りを、ふつうの拵えに直して横に手挟たばさんでいた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いい放った言葉の下に、巌流は、こじりを背へ高く上げて、小脇に持っていた大刀物干竿ものほしざおを、ぱっと抜き放つと一緒に、左の手に残った刀のさやを、浪間へ、投げ捨てた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
刀は、いうまでもなく、いつもの長刀物干竿ものほしざお厨子野ずしの耕介が研桶とおけに古い錆垢さびあかを落して光芒こうぼうを改めて以来、近頃しきりと、血にかわいて、血をむさぼりたがっている刀である。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小刀は日頃の物であったが、大刀は、仕官以後は遠慮して差さなかった例の無銘むめい——しかし肥前長光ひぜんながみつともいわれている——愛刀物干竿ものほしざおを、久しぶりに、その腰間ようかんに、長やかに横たえていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「その耕介の手許には、わしの愛刀物干竿ものほしざおとぎってある」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
物干竿ものほしざおも泣くだろう」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)