煮染にじ)” の例文
彼はこう注意して、じかに局部をおさえつけている個所を少しゆるめて見たら、血が煮染にじみ出したという話を用心のためにしてかせた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
先生のくぼんだ眼が煮染にじんで来た。しきりに咳が出る。浅井君はなるほどそれが事実ならと感心した。ようやく気の毒になってくる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時に厚いくちが、急に煮染にじむ様に見えて、しばらく眺めてゐるうちに、ぽたりと椽におとがした。切口きりくちあつまつたのは緑色みどりいろの濃いおもしるであつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
あの力の出所でどころはとうてい分らない。しかしこの時は一度に出ないで、少しずつ、腕と腹と足へ煮染にじみ出すように来たから、自分でも、ちゃんと自覚していた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今まで日のとおる澄んだ空気の下で、手を動かしていた所為せいで、頬の所がほてって見えた。それが額際へ来て何時もの様に蒼白あおしろく変っている辺に、汗が少し煮染にじみ出した。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
古き五年は夢である。ただしたたる絵筆の勢に、うやむやを貫いてかっと染めつけられた昔の夢は、深く記憶の底にとおって、当時そのかみを裏返す折々にさえあざやかに煮染にじんで見える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
余はその下に綿入わたいれを重ねた上、フラネルの襦袢じゅばんと毛織の襯衣シャツを着ていたのだから、いくら不愉快な夕暮でも、肌に煮染にじんだ汗のたまがここまで浸み出そうとは思えなかった。
三山居士 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
指でしてみると、くびと肩の継目の少し背中へ寄った局部が、石のようにっていた。御米は男の力いっぱいにそれを抑えてくれと頼んだ。宗助の額からは汗が煮染にじみ出した。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とかくするうちにせつは立秋に入った。二百十日の前には、風が吹いて、雨が降った。空には薄墨うすずみ煮染にじんだような雲がしきりに動いた。寒暖計が二三日下がり切りに下がった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
生温なまぬるく帽を吹く風に、額際ひたいぎわから煮染にじみ出すあぶらと、ねばり着く砂埃すなほこりとをいっしょにぬぐい去った一昨日おとといの事を思うと、まるで去年のような心持ちがする。それほどきのうから寒くなった。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
血が流れて法衣ころも煮染にじましたという大燈国師の話もそのおり宜道から聞いた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下から眺めた余の眼と上から見下みおろす女の視線が五間をへだてて互に行き当った時、女はすぐ下を向いた。するとくまで白い頬に裏から朱をいて流したような濃い色がむらむらと煮染にじみ出した。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
じんだから」と云つた。今迄いままで日のとほんだ空気のしたで、うごかしてゐた所為せゐで、ほゝところほてつて見えた。それが額際ひたひぎは何時いつもの様に蒼白あをしろかはつてゐるあたりに、あせが少し煮染にじした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
残る一個は背の真中に、しるをしたたらしたごとく煮染にじんで見える。背と足と縁を残して余る部分はほとんど一寸余の深さに掘り下げてある。墨をたたえる所は、よもやこの塹壕ざんごうの底ではあるまい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この心の底一面に煮染にじんだものを、ある不可思議の力で、一所ひとところに集めて判然はっきりと熟視したら、その形は、——やっぱりこの時、この場に、自分の手のうちにある鳥と同じ色の同じ物であったろうと思う。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてその葉を折れ込んだ手前から、って棄てた。時に厚い切り口が、急に煮染にじむ様に見えて、しばらく眺めているうちに、ぽたりと縁に音がした。切口に集ったのは緑色の濃い重い汁であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
足袋たびの上へ雨といっしょに煮染にじんでる」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)