わず)” の例文
場中じょうちゅうの様子は先刻さっき見た時と何の変りもなかった。土間を歩く男女なんにょの姿が、まるで人の頭の上を渡っているようにわずらわしくながめられた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眼をわずらって入院している人に何か適当な見舞の品はないかと考えてみた。両眼に繃帯をしているのだから、視覚に訴えるものは慰みにはならない。
断片(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「これまでわずらったことがあっても今度のように元気のないことはえが、矢張やっぱり長くないしるしであるらしい」
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「また、おわずらいになるといかん。四十年来のおくりもの、わざと持参しましたが、この菊細工の人形は、お話の様子によって、しばらくお目に掛けますまい。」
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
思わねばならぬ。そうすれば不安や恐れが無くなるのであろう。間違がないという事より強い事はない。泰然として他の何物からもわずらわされるという事がなくなるであろう。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
青き海原を見れば希臘の空を思い、悠々と白き雲の飛ぶ影を見れば、さすらい人を思い、月の光を見ては愁え、貝を拾うては泣き、悲しく吹く風に我が恋人の身の上を思いわずらうのである。
十七や十八でこしらえる位だから碌なものではありません、其の翌年金五郎は傷寒しょうかんわずらってついなくなりましたが、年端としはもゆかぬに亭主には死別しにわかれ、子持ではどうする事も出来ませんのさ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そういう紛乱ふんらんちまたのことを、思うてみるだけでもわずらわしかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
根占ねじめの花に蹴落けおされて色の無さよ、とあやしんで聞くと、芸も容色きりょう立優たちまさった朝顔だけれど、——名はお君という——そのは熊野をおどると、後できっとわずらうとの事。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
主人は年の送迎にわずらわしいような事を云ったが、その態度にはどこと指してくさくさしたところは認められなかった。言葉遣ことばづかい活溌かっぱつであった。顔はつやつやしていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人をわずらわす手数てかずいとって、無理にひじつえとして、手頸てくびから起しかけたはかけたが、わずか何寸かの距離を通して、宙に短かい弧線を描く努力と時間とは容易のものでなかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
目をわずらって、しばらく親許おやもとへ、納屋なや同然な二階借りで引きもって、内職に、娘子供に長唄ながうたなんか、さらって暮らしていなさるところへ、思い余って、細君が訪ねたのでございます。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして千代子に対する己惚うぬぼれをあくまで積極的に利用し切らせないために、他の思想やら感情やらが、入れ代り立ち替り雑然として吾心を奪いにくるわずらわしさに悩んだのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
きっとそうときまりませんから、もしか、死んでそれっきりになってはなさけないんですもの。そのくらいなら、生きていて思い悩んで、わずらって、段々消えてきます方が、いくらかましだと思います。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(この時人々の立かかるを掻払かいはらう)六根清浄ろっこんしょうじょう、澄むらく、きよむらく、清らかに、神に仕うる身なればこそ、このよこしまを手にも取るわ。御身おみたちが悪く近づくと、見たばかりでも筋骨すじぼねを悩みわずらうぞよ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もうけっしてこの事について、あなたをわずらわす日は来ないでしょう。なるほどあなたのおっしゃる通り僕は僻んだ解釈ばかりしていたのです。僕はあなたの御話を聞くまでは非常にこわかったです。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ見ただけでさえ女たちは、どッとわずらった。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わずらいました……保養のためなのでした。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)