為事しごと)” の例文
旧字:爲事
前にはもっと入念に為事しごとをしていたではないか、どうしてこう熱意が無くなったのだ、と所長の眼が尋ねているように彼には見えた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「さようですね。僕は少し遣って見ようかと思っている為事しごとがありますから、どうなりますか分りません。もう大変遅くなりました」
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「神の嫁」として、神にできるだけ接近してゆくのが、この人々の為事しごとであるのだから、処女は神も好むものと見るのは、当然である。
最古日本の女性生活の根柢 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
百姓たちが朝の為事しごとに就く前に一人一人此処にこの香を捧げて行ったものなのである。一日として斯うない事はないのだそうだ。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
教室で為事しごとをしてゐる独逸ドイツ人の医学士が下宿してゐる家に一つ部屋があるから、若し借りる意志があるなら世話しようといふことであつた。
南京虫日記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
画家は、ドリアンとヘンリイ卿との間にどんな会話が取り交されたものか、少しも気がつかなかった程、為事しごとに心を奪われていたのである。
鞭を持っていたのは、慣れない為事しごと草臥くたびれた跡で、一鞍ひとくら乗って、それから身分相応の気晴らしをしようと思ったからである。
夜、ホテルでそっと襟を出して、例の商標を剥がした。戸を締め切って窓掛をおろして、まるで贋金を作るという風でこの為事しごとをしたのである。
(新字新仮名) / オシップ・ディモフ(著)
どれも/\引き合せられはしたが、何の誰やら、どんな為事しごとをする人やら、こんがらかつて分からなくなつてゐるのである。
板ばさみ (新字旧仮名) / オイゲン・チリコフ(著)
天気の夏日和なつびよりに、男は余り気分が好いので、またそろそろ為事しごとを始めようかとさえ云った。女はそれに同意しなかった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
十四歳になって両親は顧秀才こしゅうさいの所へ売って妾にした。衣食はそこでほぼ足るようになったが、本妻が気があらくて、毎日その鞭の下で為事しごとをした。
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうは云うものの、おめえ何か旨い為事しごとがあるのなら、おれだって一口乗らねえにも限らねえ。やさしい為事だなあ。
橋の下 (新字新仮名) / フレデリック・ブウテ(著)
また京都の人のために大切ないろいろの為事しごとをしていて、そう遠方まで旅行をすることの出来なかった人であります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
昨夜から降りだした雨が続いている、静かな雨だ、今日は為事しごとをした、「裸婦」十二まで書いた。石井信次から便りがあった。二十九日に来ると云う。
「ああ、それは私の為事しごとの一つでしたわねえ。貴方に吩付いひつけられた。」女は居住まひを直して男の真向まむきになつた。
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
昔久しい間自分の主な為事しごとにしてゐた色気のある事を、主人がまだ断つてゐないと云ふことは、主人の年が積もつてゐるにも拘はらず、世間で認めてゐる。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
そこで、この込み入つた為事しごとは随分骨が折れるので、をばさんは逆上して来て、折々息を入れるのである。
祭日 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
それに彼等は秋の日の日向ひなたぼっこということもあるらしい。彼等を一番憎んでいるのは母であった。庭の畑作りは母の為事しごとであり、彼等は畑を踏み荒すからである。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
いつもの通り机の前にわって、刀自の為事しごとをする手を心地よく見つづけながら、また話しだした。
いつもこんな日には、外稼ぎの連中は為事しごとにも出られず、三度の飯を二度にして、転々ごろごろ襤褸布団ぼろぶとんくるまりながら冴えない顔をしているのだが、今日ばかりはそうでない。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
生涯掛かつて準備をした為事しごとをせずに、外の為事をするのが、当世流行です。そこで体が曲つて、頭が馬鹿になる程勉強してゐるうちに、偶然ふいと誤算を発見したですな。
大きい為事しごとをして、ほてっていた小さい手からも、血が皆どこかへ逃げて行ってしまった。
さういふ囚人は土地の様子をくはしく考へてゐるから逃げようとはしない。この島で逃げ出すのは、随分思ひ切つた為事しごとで、逃げたものはきつと死ぬると云つても好い位である。
大きい為事しごとをして、ほてっていた小さい手からも、血が皆どこかへ逃げて行ってしまった。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
どうか致すと、沖に行く臆病な人が一週間も掛かつて取るだけの魚を、わたくし共は一日に取つて帰りました。つまりわたくし共は山気やまぎのある為事しごとをしてゐたのでございますね。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
己は静かな所で為事しごとをしようと思って、この海岸のある部落の、小さい下宿に住み込んだ。青々とした蔓草つるぐさの巻き付いている、その家に越して来た当座の、ある日の午前ごぜんであった。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
「ドルフ・イエツフエルスを呼んで来い。あいつでなくては此為事しごとは所詮出来ない。」
為事しごとする時に当っては、殆ど本能的に必要に応じてその中の一本を選びとる。
小刀の味 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
いつも野らで為事しごとをしている百姓の女房の曲った背中も、どこにも見えない。
(新字新仮名) / ウィルヘルム・シュミットボン(著)
夕方為事しごとを終つて、東山の方を見ますと、東山の鬼瓦は、夕日にかがやいて、てかてかと、あか黒く光つて、本当に、かみつきさうに見えますが、自分のうちの鬼瓦は、打ちしをれたやうに
にらめつくらの鬼瓦 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
どこでも買わないとなるとその人は執筆の方の為事しごとはやめてしまいます。
アメリカ文士気質 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ここに為事しごとがある。それをこの小さいのが遣ります。6900
何故なら自分の持ち場も為事しごともよくわかっていましたから。
墓場 (新字新仮名) / 西尾正(著)
私の好奇心は、宗忠の為事しごとに少からぬ興味を覚えた。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
でも為事しごとが山を成してゐる
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
遅い朝を、もう余程、今日の為事しごと這入はいったらしい木の道の者たちが、骨組みばかりの家の中で、立ちはたらいて居るのが見える。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
そしてその手紙の要点をつかまえようと努力した。手紙の内容をつづめて見れば、こうである。政治は多数を相手にした為事しごとである。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「あそこに何か為事しごとをしている人たちが見えるな。あの人たちに訊いたら、すこしはこのへんの様子が分かるかもしれない。」
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「これから雨でも降り出したら、何をしようかなあ。そうなったら、己が為事しごとをしたって、文句を言いはしないだろうな。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
山野を歩いて為事しごとをする夫の気持でやはり農業歌の一種とていい。「かりばね」は「苅れる根を言ふべし」(略解)だが、原意はよく分からぬ。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「そりゃあ好かった。家の女房ならば、Bの為事しごとの助手位はやるでしょう。何しろ、自然科学にかけては、僕の十倍も詳しいと云う女ですからね。」
十娘は毎日お化粧をして坐っているばかりで、女のする為事しごとは何もしなかった。崑の着物から履物のことは一切母親にさした。母親はある日怒って言った。
青蛙神 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
地蔵が手伝いに来てわざわざそういう為事しごとをして下さるといったのは、まことに少年らしい夢であります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大窓おおまどの下に銅版の為事しごとをするたくあり。その上に為事半ばの銅版と色々の道具とを置きあり。左手に画架。その上に光線を遮るために使う枠を逆さにして載せあり。
即ち余は建具たてぐ職の若者と同居せねばならぬ、余は此の家をも早く去る積り。東京へ帰ることにしよう。為事しごとが快く続かない。今日徳田秋声を訪ねたが志を果さなかった。
いわば世界中の海をまたにかけた男らしい為事しごとで、はした月給を取って上役にピョコピョコ頭を下げてるような勤人よりか、どのくらい亭主に持って肩身が広いか知れやしねえ
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
ほんの隠居為事しごとに斯んなことをして居るが馴れて見れば結局この方が気楽でいいと笑っている。
青年僧と叡山の老爺 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
己は為事しごとをする気になられない。ランプをけるのが厭なので、己は薄暗がりに、とこの上で横になつてゐる。あたりが暗くて静かな時には、兎角重くろしい感じが起るものである。
此困難な為事しごとの全部を今の裁判官に任せてしまつてあるのが、そもそも誤判を生む原因である。陪審制度はそこの欠点を補はうとするのが目的だ。陪審官も人間であるから、矢張やはり神通力がない。
畜生道 (新字旧仮名) / 平出修(著)
己は賊等が為事しごとをしおほせて満足して逃げたなと思つた。風が静かに木々のいただきをゆすつてゐる。夜の鳥が早い、鈍い羽搏はゞたきをして飛んで行く。そして折々ピニイの木の実が湿つた地に墜ちる音がする。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)