歴然ありあり)” の例文
浦子は辛うじて蚊帳の外に、障子の紙に描かれた、胸白き浴衣の色、腰の浅葱あさぎも黒髪も、夢ならぬその我が姿を、歴然ありありと見たのである。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
満願寺屋まんがんじや水神すいじん騒ぎの一件か、それとも、ことによったらいろはがるたの——ではあるまいか、ともう歴然ありありと持ち前の気負いを見せて来るのだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
して見れば、此の、その銭は渡されぬという簡単な文句には、あの先達ての様子といい、長田の性質が歴然ありありと出ている。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
或時暗黒くらやみの中で瞑想めいそうしている刹那せつな、忽然座辺のものが歴然ありありと見えて、庭前の松の葉が一本々々数えられたとソムナンビュリストの夢のような事をいったりした。
また、誰が見ないまでも、本堂からは、門をうろ抜けの見透みとおし一筋、お宮様でないのがまだしも、鏡があると、歴然ありありともう映ろう。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
木賃の枕に目をねむったら、なお歴然ありあり、とその人たちの、姿も見えるような気がするから、いっそよく念仏が申されようと考える。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
醜い汚い筋をぶるぶると震わせながら、めるような形が、歴然ありありと、自分おのが瞳に映った時、宗吉はもはや蒼白まっさおになった。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
烏が一羽歴然ありありと屋根に見えた。ああ、あの下あたりで、産婦が二人——定命とは思われぬ無残な死にようをしたと思うと、屋根の上に、姿が何やら。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……撫肩なでがたに重荷に背負って加賀笠を片手に、うなだれて行くほっそり白い頸脚えりあしも、歴然ありあり目に見えて、可傷いた々々しい。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
涙を払つて——唯今の鸚鵡おうむの声は、わたくしが日本の地を吹流ふきながされて、うした身に成ります、其の船出の夜中に、歴然ありありと聞きました……十二一重じゅうにひとえに緋のはかまを召させられた
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
このあたりからは、峰の松にさえぎられるから、その姿は見えぬ。っといぬいの位置で、町端まちはずれの方へ退さがると、近山ちかやま背後うしろに海がありそうな雲を隔てて、山の形が歴然ありありと見える。……
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ことに崖を、上の方へ、いい塩梅あんばいうねった様子が、とんだものに持って来いなり、およそこのくらいな胴中どうなかの長虫がと思うと、頭と尾を草に隠して、月あかりに歴然ありありとそれ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(ああ、厭じゃ、が、黙っちゃおられん。何も見まい、聞くまいと思うに、この壁を透して、賊どもが、魚見のいわにかたまりおるのが、月夜の遠距離のように歴然ありありと見える。)
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これは、と思うと、縁の突当り正面の大姿見に、渠の全身、飛白かすりの紺も鮮麗あざやかに、部屋へ入っている夫人が、どこから見透みすかしたろうと驚いたその目の色まで、歴然ありありと映っている。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれども、その……ぱっちりと瞳のすずしい、色の白い、髪の濃い、で、何に結ったか前髪のふっくりとある、俯向うつむき加減の、就中なかんずく歴然ありありと目に残るのは、すっと鼻筋の通った……
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
胸がとどろいて掻巻かいまきの中で足をばた/\したが、たまらなくツて、くるりとはらばひになつた。目をいて耳をすますと、物音は聞えないで、かえっ戸外おもてなる町が歴然ありありと胸に描かれた、やみである。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
歴然ありありと、ああ、あれが、嬰児あかんぼの時から桃太郎と一所にお馴染なじみの城か、と思って見ていると、城のその屋根の上へ、山も見えぬのに、ぬえが乗って来そうな雲が、真黒まっくろな壁で上から圧附おしつけるばかり
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし目前まのあたり歴然ありありとその二人を見たのは、何時いつになっても忘れぬ。
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)