此地ここ)” の例文
この子供の親父おやぢは今此地ここにゐねえんです、東京さ稼ぎに行つてるんで、妹はこの子供を連れて、ひと月ばかり前に私を頼つて來たんです。
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
そして此地ここを以て美の理想の究極だと思い取ったのであります。なんぞ図らん、それは美の畑だけであり、田だけであります。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二十七日正午、ふね岩内を発し、午後五時寿都すっつという港に着きぬ。此地ここはこのあたりにての泊舟はくしゅうの地なれど、地形みょうならず、市街も物淋ものさびしく見ゆ。また夜泊やはくす。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ここに須賀すが一三の地に到りまして詔りたまはく、「吾此地ここに來て、が御心清淨すがすがし」と詔りたまひて、其地そこに宮作りてましましき。かれ其地そこをば今に須賀といふ。
然し此地ここも東京と同じく、三十未滿の人達は松前五郎兵衞は愚か、もう白井權八、鈴木主水、梅川忠兵衞なんぞの傳説、及び其藝術的感情とは全く沒交渉であるからして
海郷風物記 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
信州しんしゅう戸隠とがくし山麓なる鬼無村きなしむらという僻村へきそんは、避暑地として中々なかなか土地ところである、自分は数年ぜんの夏のこと脚気かっけめ、保養がてらに、数週間、此地ここ逗留とうりゅうしていた事があった。
鬼無菊 (新字新仮名) / 北村四海(著)
お前が得心せんものなら、此地ここへ来るに就いて僕に一言いちごんも言はんと云ふ法は無からう。家を出るのが突然で、その暇が無かつたなら、後から手紙を寄来よこすが可いぢやないか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
華蔵寺けぞうじに居られた主人上野介の奥方富子の方が、此地ここを即刻に立ったことと、領主の危難に激昂げっこうした村民が一時動揺してその抑えに手を焼いた位なものであるが、それとて
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鹿落を日暮方出て此地ここへ来る夜汽車の中で、目の光る、陰気な若い人が真向まむこうに居てね。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……もう分らないだろうと思って、一と月ほど前から此地ここに来ていると、一昨日おとといまた、それが、私のいる処を探り当てゝ出て来たの。……私、明後日あさってまでにまた何処かへ姿を隠さねばならぬ。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
昨日着いた時から、火傷やけどか何かで左手の指が皆内側に曲つた宿の嬶の待遇振もてなしぶりが、案外親切だつたもんだから、松太郎は理由もなく此村が氣に入つて、一つ此地ここで傳道して見ようかと思つてゐたのだ。
赤痢 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
肋膜炎ろくまくえんに悩みし病余のたいを養うとて、昨月の末より此地ここに来たれるなるが、かの日、あたかも不動祠にありて図らず浪子をいだき止め、その主人を尋ねあぐみて狼狽ろうばいして来たれる幾に浪子を渡せしより
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
口に糊するほどのことは此地ここにのみいても叶えば、雲に宿かり霧に息つきて幾許いくばくもなき生命を生くという。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その時分、三才みッつだった健坊と云うのが、梅雨あけ頃からせきが出て、塩梅あんばいが悪いんで、大した容体でもないが、海岸へ転地がい、場所は、と云って此地ここを、その主治医が指定したというもんです。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此地ここは韓國に向ひ笠紗かささ御前みさきにま來通りて一五、朝日のただす國、夕日の日照ひでる國なり。かれ此地ここぞいと吉きところ」と詔りたまひて、底つ石根に宮柱太しり、高天の原に氷椽ひぎ高しりてましましき。
昨日着いた時から、火傷やけどか何かで左手ひだりの指が皆内側にまがつた宿のかかあ待遇振もてなしぶりが、案外親切だつたもんだから、松太郎は理由わけもなく此村が気に入つて、一つ此地ここで伝道して見ようかと思つてゐたのだ。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「有難う。まさか、あんたに此地ここで会おうとは思わなかった」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勿論もちろん水が出たとて大事にはなりますまいが、此地ここの渓川の奥入おくいりは恐ろしい広い緩傾斜かんけいしゃの高原なのです。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「いささか過激になったがね。……手紙の様子じゃあ、総領の娘というのが、此地ここで縁着いたそうだから、その新婦か、またその新郎なんのッてのが、悪く新聞でも読んでいて——(お風説うわさはかねて)なぞと出て来られた日にゃ大変だ。」
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
○御茶の水橋下流に至るまでの間は、扇頭の小景には過ぎざれども、しかもまた岸高く水しじまりて、樹木鬱蒼、幽邃ゆうすい閑雅の佳趣なきにあらず。往時むかし聖堂文人によりて茗渓めいけいと呼ばれたるは即ち此地ここなり。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
橋場といふ地名は往時むかし隅田川に架したる大なる橋ありければ呼びならはしたりとぞ。石浜といへるは西岸の此辺ここをさしていへるなるべし。むかし業平の都鳥の歌をみしも此地ここのあたりならんといふ。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)