植込うえこみ)” の例文
王宙は伯父のへやを出て庭におり、自個じぶんの住居へ帰るつもりで植込うえこみ竹群たけむらかげを歩いていた。夕月がさして竹の葉がかすかな風に動いていた。
倩娘 (新字新仮名) / 陳玄祐(著)
下には椅子テーブルに植木鉢のみならず舞台で使う藪畳やぶだたみのような植込うえこみが置いてあるので、何となく狭苦しく一見ただごたごたした心持がする。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
玄関の前には大きな蘇鉄そてつを植えた円形の植込うえこみがあった。電燈の燈がのこぎりの歯のようなその葉に明るくしていた。二台の自動車がその左側に置いてあった。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
庭の植込うえこみのなかに淡い柱灯がともっていた。凸凹をなした庭の窪みに、小石を敷いた大きな空池があって、風に揺ぐ植込の茂みの間に、ちらちら見えていた。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
前足をそろえた上に、四角なあごを載せて、じっと庭の植込うえこみを眺めたまま、いつまでも動く様子が見えない。小供がいくらそのそばで騒いでも、知らぬ顔をしている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「それから一目散いちもくさんに飛び出した。——懐中ふところの十手を取り出すわけにもいかないから、逃げの一手だ。石燈籠いしどうろう蹴散けちらして植込うえこみをくぐって、裏門を出るのが精いっぱい」
爪先立ちをしてみても、植込うえこみの間から母屋の屋根つづきが、それもほんの少々うかがわれるばかりだ。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
植込うえこみの間をぬけて内玄関へ急いだが、往来にはどの家でも誰か顔をだしているのに、道夫の家だけは誰もでていないことに気がつき、何だか異変は自分の家にもありそうな気がして
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして何所どこに一てんちりとてもなく、またみち両側りょうがわほどよく配合あしらった大小だいしょうさまざまの植込うえこみも、じつなんとも申上もうしあげかねるほど奇麗きれい出来できり、とても現世げんせではこんな素晴すばらしい道路どうろられませぬ。
その星明ほしあかりで庭の景色もおぼろに見える、昼はのみとも思わなかったが、今見ると実に驚くばかりの広い庭で、植込うえこみの立木はまるで小さな森のように黒く繁茂しげっているが、今夜はそよとの風も吹かず
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「いずこも同じ秋の夕暮かナ。」と種彦は戯れながらふと植込うえこみに吹入る朝風のひびきに、「いや暑い暑いといっているうちもう秋風が吹くと見える。」
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
個人の住宅とほとんど区別のつかない、植込うえこみの突当りにある玄関から上ったので、勝手口、台所、帳場などの所在ありかは、すべて彼にとっての秘密と何のえらぶところもなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
午後ひるすぎ庭に出て植込うえこみの間を歩くと、差込さしこむ日の光は梅やかえでなぞのかさなり合った木の葉をば一枚々々照すばかりか、苔蒸こけむす土の上にそれらの影をば模様のように描いています。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
植込うえこみの中をひとうねりして奥へのぼると左側にうちがあった。明け放った障子しょうじの内はがらんとして人の影も見えなかった。ただ軒先のきさきに据えた大きな鉢の中に飼ってある金魚が動いていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)