慓悍ひょうかん)” の例文
この辺に住んでおりますのが慓悍ひょうかんな信州人でして、その職業には、牧馬、耕作、そま、炭焼——わけても牧馬には熱心な人民です。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何病気で死んだんだろう? あの頑丈な男が……眼玉のギョロリとした、色の真っ黒い、慓悍ひょうかんそのもののような骨格であったあの男が……
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
三毛みけ」に交際を求めて来る男猫おとこねこが数匹ある中に、額に白斑しろぶちのある黒猫で、からだの小さいくせに恐ろしく慓悍ひょうかんなのがいる。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その上、選抜した慓悍ひょうかんな黒潮騎士の精鋭どもに、長槍をもって四辺あたりを払わせて通るのです。得意思うべしではないのですか。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
制止せいしする目付役めつけやくをふりもぎって、とつぜん、かれのうしろ姿を追いかけた慓悍ひょうかんなる男があった。——これ祇園藤次ぎおんとうじだった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
顔を見ると、昔から慓悍ひょうかんそうがあったのだが、その慓悍が今蒙古と新しい関係がついたため、すこぶる活躍している。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その上彼の縄を解くと、ほとんど手足もかない彼へ、手ん手に石を投げつけたり、慓悍ひょうかんな狩犬をけしかけたりした。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それより先日没後に、ブラーエはオーヘム大佐に従いて、戦闘最も激烈なりし四風車地点を巡察の途中、彼の慓悍ひょうかんなる狙撃の的となりし者を指摘す。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
驚いた私の前へ、続いて現れたのは、ガッチリ捕縄ほじょうを掛けられた、船員らしい色の黒い何処どことなく凄味のある慓悍ひょうかんな青年だ。二人の警官にまもられている。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
如何に慓悍ひょうかん狂暴な性格に変化するものかという事実は、普通人のチョッと想像の及ばないところでしょう。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その向うの各国の汽船のぎっしり身をせばめて並んでいる中に今やこれから日本へ帰ろうとする香取丸が、慓悍ひょうかんな黒い小さな船尾だけ覗かせ煙を吐いて泊っていた。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
炎の一瞥いちべつわしのごとき目つきと雷電のごとき打撃とのいい知れぬある物、傲然ごうぜんたる慓悍ひょうかんさのうちにおける驚くべき技能、深奥なる魂のあらゆる不可思議、運命との連結
おどりはねるも三十がしまいって、さ。あんまりじさまのかれだのも見だぐなぃもんさ。)むっとしたような慓悍ひょうかんな三十台の男の声がした。そしてしばらくしんとした。
泉ある家 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
オンドリは、始めの慓悍ひょうかんさをだんだんと失ってきて、次第にむずかしい顔付をするようになった。九回目には、彼は大きな恐怖の色をうかべて、死んだようになってしまった。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は慓悍ひょうかんの公卿大原重徳おおはらしげとみ慫慂しょうようして、長州に下向せしめんとせり。その意大原を以て藩主を要し、藩論を一定し、以て勤王軍の首唱たらしむるにありし。その書中の一節に曰く
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
若鮎さあゆはあの秋の雁のように正しく、可愛げな行列をつくって上ってくるのが例になっていた。わずかな人声が水の上に落ちても、この敏感な慓悍ひょうかんな魚は、花の散るように列を乱すのであった。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
さきの御小姓組である安倍誠之助は、ことさら慓悍ひょうかんげに目をかがやかせ、つんと首を立てた。丁度彼と阿賀妻との間にはいぶる炉火があり、すすけた自在鍵じざいかぎには南部鉄瓶なんぶてつびんりさがっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
気の弱い牛ならば貧血を起こそうという慓悍ひょうかん無比の猛牛ぞろい、なかにも、マルセーユ代表のヘルキュレスというのは、当年満三歳の血気盛り、相手の前肢まえあしに角をからみ、とたんにやっ! と
先生はまるでらいたれたように、口を半ばけたまま、ストオヴの側へ棒立ちになって、一二分のあいだはただ、その慓悍ひょうかんな生徒の顔ばかり眺めていた。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それに反して、孫兵衛のたちは、慓悍ひょうかんなる一本気で、計画もなくてらいもなく、本能にまかせて、悪を悪とも思わずに、なんでもやってのけようとする先天的なほうであった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その兇猛な、慓悍ひょうかんな姿は、もし知らぬ人間が見たら一眼で顫え上がってしまうであろう。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その癖蒼くなって机にかじりついているのが大嫌いで、暇さえあれば鉄砲を持って熊の足跡をつけ廻していようと云う——日焼のしたあから顔で、慓悍ひょうかんな肩をゆすって笑ったりすると
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
軽浮けいふにして慓悍ひょうかんなるもの、慧猾けいかつにして狡獪こうかいなるもの、銭を愛するもの、死を恐るるもの、はじを知らざるもの、即ちハレール、セイーの徒の如きは、以て革命家の器械となるを得べし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
彼に刀子とうすを加えようとした、以前の慓悍ひょうかん気色けしきなどは、どこを探しても見えなかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
数千羽の烏のように、寒林を横ぎってくる慓悍ひょうかんなる騎兵があった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山の向うに穴居けっきょしている、慓悍ひょうかんの名を得た侏儒こびとでさえ彼に出合う度毎に、必ず一人ずつは屍骸しがいになった。彼はその屍骸から奪った武器や、矢先にかけた鳥獣を時々部落へ持って帰った。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これが半農半武士に住みついて、蜂須賀名物の原士となり、軍陣の時は鉄砲二次の槍備えにあてられ、平時の格式は郷高取ごうたかとり、無論、謁見えっけんをもゆるされて、慓悍ひょうかんなこと、武芸者の多く出ることはその特色。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やはり禿たかに似た顔はすっかり頭の白いだけに、令息よりも一層慓悍ひょうかんである。その次に坐っている大学生は勿論弟に違いあるまい。三番目のは妹にしては器量きりょうの好過ぎる娘さんである。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)