心遣こころづか)” の例文
はじめ、かなり私への心遣こころづかいで話しかけているつもりでも、いつの間にか自分独りだけで古典思慕に入り込んだひとごとになっている。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そうして『延喜式』の本文の稲実斎屋いなのみのいみやも同じように、その管理には特別の心遣こころづかい、言葉には現わさぬ信仰を伴のうていたのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
高田の鋭く光る眼差まなざしが、この日も弟子を前へ押し出す謙抑けんよくな態度で、句会の場数を踏んだ彼の心遣こころづかいもよくうかがわれた。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
支度をしに、笹村が家へ帰ったときお銀は甘えるように言ったが、先に半年ばかり縁づいていた家の親類のいる牛込のその界隈が、心遣こころづかいでもあった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お銀様の言葉が少しかんに立ってきたので、弁信はまた病気が出だしたなと思ったのか、広長舌を食いとめて、深く触れることを避けた心遣こころづかいがあります。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そんな者は子とは思わぬ、もういものとあきらめる。という母親と、家へ帰るのは嫌だ、と駄々をこねている娘との間に立つ、お吉の心遣こころづかいは無意義に帰した。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なんと並々なみなみならぬ心遣こころづかいと、努力どりょくが、そのかたむけられていることか。たとえば、雨風あめかぜかれても容易よういれそうもない、じょうぶなえだえらばれていました。
ある夏の日のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
一 女は常に心遣こころづかひして其身を堅くつつしみまもるべし。朝早く起き夜は遅くね、昼はいねずして家の内のことに心を用ひ、おりぬいうみつむぎおこたるべからず。又茶酒など多くのむべからず。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それはいずれも、きまり切った様に、つまらぬ文句のものばかりであったが、彼女は、女の優しい心遣こころづかいから、どの様な手紙であろうとも、自分にあてられたものは、かく
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
養子を迎えた家の者たちのこまかい心遣こころづかいったら、そりゃもうたいへんなものなんです。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかし、チチコフはその心遣こころづかいを感謝して、まだ別段そんな気配はないと答えた。
晩年の頃に、たまたま尋ねますと、いろいろ心遣こころづかいをなさるので、それがお気の毒に思われてなるべく伺わず、伺っても長坐せぬようにと心懸けたのですから、その頃の動静はよく存じません。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
オットーは人に見つかりはすまいかと心配した。しかしそういう心遣こころづかいは彼にとって特別な喜びだった。夕方家に帰ると、自分が勇者であるような気がした。彼はこわごわクリストフを賛美していた。
やたらに切り刻んだものを食べさせまいとする、衛生おかあ様の心遣こころづかいはなくとも、文化が進めばままごとは文芸化せざるをえなかったのである。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「おそろしいご親切、ありがたすぎて身ぶるいが出る。けれど私にも今日からは、弦之丞様というお方があるんですから、そんなお心遣こころづかいはご無用に願いましょう」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人の心遣こころづかいにもかかわらず、湖畔亭殺人事件は、既に表沙汰おもてざたになってしまいました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その心遣こころづかいが、その夜、枕についてからのお雪ちゃんを苦しいものにしました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「分っている。しかし有村殿、家中かちゅうの者一統の生殺をあずかる阿波守じゃ。要意に要意をいたさねばならぬ。で、自然に、そこもとなどにはお分りのない心遣こころづかいがある」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
践祚せんそ大嘗祭の朝儀の最古最精確の現存記録であるが、この中にはすでに翌年播種の種子に対する心遣こころづかい、すなわち私たちのおうとする稲の産屋うぶや式作法しきさほうすこしも見えない。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
中継問屋の幅でくらませようとの心遣こころづかいまでがはっきりと読める。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
政子の輿入こしいれに前立さきだって、父親は父親としての、心遣こころづかいにわれてもいよう。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)