嬉戯きぎ)” の例文
彼の家は松下村の山中にあり、故にその幼時嬉戯きぎするは、その兄妹あるのみ。彼は実に家庭の温かにして、剛健なる大気中に成育せり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
昨日きのうまでのあそびの友達ともだちからはにわかにとおのいて、多勢おおぜい友達ともだち先生達せんせいたち縄飛なわとびに鞠投まりなげに嬉戯きぎするさまを運動場うんどうじょうすみにさびしくながめつくした。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
五月某日予等は明子が家の芝生なる藤棚のもと嬉戯きぎせしが、明子は予に対して、隻脚せききやくにて善く久しく立つを得るやと問ひぬ。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そこで彼女は再び少女に戻り、走り回ったり嬉戯きぎしたりまでして、帽子をぬぎ、それをジャン・ヴァルジャンのひざの上に置き、そして花を摘んだ。
ただ日々嬉戯きぎして、最後に父母の膝を枕として死んでいったと思えば、非常に美くしい感じがする、花束を散らしたような詩的一生であったとも思われる。
我が子の死 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
そこに一糸をまとわぬ艶かしき影を躍らせて嬉戯きぎするさまは、ギリシャの昔語むかしがたりを画題とした名画でも見る様です。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その隣のおりの金網の中には嬉戯きぎする小猿が幾匹となく、頓狂とんきょうに、その桃色の眼のまわりを動かすのである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
事実は決してそうでない。自分ばかりを愛していると思っていた君江の如きは、事もあろうに淫卑いんぴな安芸者と醜悪な老爺ろうやと、三人たがい嬉戯きぎしてはじる処を知らない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そうした彼らを見ていると彼らがどんなに日光をたのしんでいるかがあわれなほど理解される。とにかく彼らが嬉戯きぎするような表情をするのは日なたのなかばかりである。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
最上層の軒蛇腹には、幼児の嬉戯きぎしてゐる群像が、白い浮彫となつてめぐらされた。天職が小児科にあるといふ意味だらう。屋上には、禅堂と称する小庵が設けられた。
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
恰もの無邪気なる小児が、人形、生物体、もしくは人像に類せる物体を飜弄して、あらゆる残忍なる姿勢動作を演ぜしめつつ、嬉戯きぎ満悦せる情態に酷似せるを看取し得べし。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
抽斎は小字おさなな恒吉つねきちといった。故越中守信寧のぶやすの夫人真寿院しんじゅいんがこの子を愛して、当歳の時から五歳になった頃まで、ほとんど日ごとに召し寄せて、そば嬉戯きぎするのを見てたのしんだそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それからある労働者と結婚した。りっぱな家庭の母となった。が彼女は人の心のさまざまな狂愚を理解していた。ジューシエの嫉妬しっとをも嬉戯きぎを欲する「青春」をも等しく理解していた。
諸々もろもろの子等は火宅ひのいへの内に嬉戯きぎに楽みなづみて、覚らず、知らず、驚かず、怖れず。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
村に近づくにつれて農夫ら多く野にあるを見たり。静けき村なるかな。小児の群れの嬉戯きぎせるにあいぬ。馬高くいななくを聞きぬ。されど一村寂然たり。われは古き物語の村に入るがごとき心地せり。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
画工、その事には心付かず、立停たちどまりて嬉戯きぎする小児等こどもらみまわす。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは子供の嬉戯きぎに耽る最も深い時間であつた。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
嬉戯きぎしているとは思えなかった。
鹿の印象 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
嬉戯きぎし、呼びかわし、いっしょにかたまり、走り出す。きれいなまっ白な小さな歯並みのくちびるが方々でさえずる。
画工、の事には心付こころづかず、立停たちどまりて嬉戯きぎする小児等しょうにらみまわす。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
要するに、そして一言に概括すれば、浮浪少年とは不幸なるがゆえに嬉戯きぎする一個の人物である。
この修道院のうちにあっては、嬉戯きぎに天国が交じっている。それらの咲き誇ったみずみずしい魂ほど喜ばしくまた尊いものはない。ホメロスもペローとともにここに微笑ほほえむであろう。