多忙いそが)” の例文
柔らげて「私が出します。ほんとに義兄さんには多忙いそがしいところを毎度毎度こんなつまらぬことで御心配ばかりかけて済みません」
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
夕飯の後、蓮華寺では説教の準備したくを為るので多忙いそがしかつた。昔からの習慣ならはしとして、定紋つけた大提灯おほぢやうちんがいくつとなく取出された。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
江戸ではその分業が一々際立きわだって、店の仕事が多忙いそがしいとまでは行かないが、中古から(徳川氏初期からをす)京都の方では非常に盛大なものであった。
「どうせけた位だからちょっくら帰って来ないだろう。帰りましょう、私も多忙いそがしい身体だからね。お客様に御飯を上げる仕度したくも為なければならんし」と急に起上たちあがって
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
『今日お多忙いそがしくつて?』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
料理屋へは打合せに行く、三吉の方へは電報を打つ、この人も多忙いそがしい思いをした。その電報が行くと直ぐ三吉も出て来る手筈てはずに成っていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
日に増し寒さが厳しく、お酉様とりさまの日も近づくと、めっきり多忙いそがしくなるので、老人は夜業よなべを始め出す。私もそばで見ている訳にいかず自然手伝うようになる。
「どうも多忙いそがしくって困ります。今日もこれから寄附金のことで出掛けるところでした」
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
多忙いそがしがっている人に似合わず、達雄はガッカリしたように坐って、た煙草をふかし始めた。何となく彼は平素ふだんのように沈着おちついていなかった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
師匠のもとへは米沢よねざわ町の沢田という袋物屋から種々いろいろ貿易向きの注文が来て、その方がなかなか多忙いそがしくなる。今までは仏様専門であったが、今は不思議なものを彫る。
今日彼時あれからったら親方がいやな顔をしてこの多忙いそがしい中を何で遅く来ると小言こごとを言ったから、実はこれこれだって木戸の一件を話すと、そんな事は手前てめえの勝手だって言やアがる
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
正太を見舞いに行く前の晩、三吉は種々なことで多忙いそがしい思をした。おいが病んでいることを、せめて向島の女にも知らせてりたいと思った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこでまた私は閻魔の顔を拵えさせられるなど自分の仕事をそっち退けにして多忙いそがしいことで、エンマの顔は張り子に抜いてぐるぐる目玉を動かすような仕掛けにして
「ええ、ええ、多忙いそがしい人です」と母は引取って、やがて三吉の方を見て、「父さん——貴方は御仕事の方を成すって下さい。何卒どうぞお構いなく」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
多忙いそがしい時には、こんな気も起った。何を犠牲にしても、私は行けるところまで行って見ようと考えたのである。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この友人が多忙いそがしいからだわずかひまを見つけて隅田川の近くへ休みに来る時には、よく岸本のところへ使をよこした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「これ、そうっとして置くが可い。明日あしたは大分多忙いそがしい人だそうだから——」とお種は声を低くして言った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
丑松は其を承知して居るから、格別気にも留めないで、年貢の準備したく多忙いそがしい人々の光景ありさまを眺め入つて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
何かの本でそんなことを読んだことがあった。私達の養蚕休みは、それに似たようなものだろう。多忙いそがしい時季が来ると、学生でも家の手伝いをしなければ成らない。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は東京の方へ帰って行った後の多忙いそがしさを予想して、せめて半日その宿の二階座敷で寝転ねころんで行こうとした。同じ部屋には旅行用の画具なぞをひろげた画家が居て
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
日の光はの小屋の内へ射入つて、死んで其処に倒れた種牛と、多忙いそがしさうに立働く人々の白い上被うはつぱりとを照した。屠手の頭は鋭い出刃庖丁を振つて、先づ牛の咽喉のどく。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
吾等こちとらいやしい生涯くちすぎでは、農事しごと多忙いそがしくなると朝も暗いうちに起きて、燈火あかりけて朝食あさめしを済ます。東の空が白々となれば田野のらへ出て、一日働くと女の身体は綿のようです。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
河岸の氷室こおりむろについて折れ曲ったところに、細い閑静な横町がある。そこは釣好きな田辺の小父さんが多忙いそがしい中でもわずかなひまを見つけて、よく釣竿を提げて息抜きに通う道だ。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
先刻さっきこの二階で話したと思うようなことが最早活字になって来た。面白そうな見出しで、多忙いそがしく書かれた文章で。岸本は自分のことの出ているその新聞を自分で読んで見た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
収穫とりいれ休暇やすみが来た。農家の多忙いそがしい時で、三吉が通う学校でも一週間ばかり休業した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「叔父さんも多忙いそがしいよ。叔母さんの分まで引受けなくちや成らないんだから。」
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
旦那さんは勤め先の用で、旅からまた旅に出掛けなければ成らない程の多忙いそがしい身を持つて来て居た。で、一月ばかりの留守の間、お節は叔父さんのうちの方へ預けられることに成つた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「済んだら早く帰って来いよ。小父さんも多忙いそがしいからだに成って来たからな——」
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
三月ばかり世話になった婆やにも暇を告げねばならなかった。東京までの見送りとしては、日頃からだの多忙いそがしい小山の養子の代りとして養子の兄にあたる人が家の方から来ることに成った。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小父さんも多忙いそがしかった。商法あきないの用事で横浜と東京の間をよく往来した。八月に入って、小父さんは東京の方の問屋廻りを兼ね、脚気の気味だという寅どんを大勝の御店おたなの方へ連れて行った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)