咄々とつとつ)” の例文
飛び退って、槍を下段に構え直して、ヤ、ヤヤ、と言って、口から咄々とつとつと火を吐くような息を吐いて、もう一寸も進みませんでした。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そのかぞへざりし奇遇とゆめみざりし差別しやべつとは、咄々とつとつ、相携へて二人の身上しんじようせまれるなり。女気をんなぎもろき涙ははや宮の目に湿うるほひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
不平等主義ひとたび横行するときにおいては忽然こつぜんとして貴族的の社会を幻出し、咄々とつとつ怪しむべき貴族的の現象を生じ来たるやもとより論をまたず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
と、エディ・ホテルの前で、不発論を守って、逃げ行く不甲斐ふがいなき民衆を呼び戻しているのは例の咄々とつとつ先生であった。
咄々とつとつ吃々きつきつとして、紅顔十五から十七歳までの少年十数名が、祖城の亡ぶ炎をかなたに刺しちがえて死んだ——あの維新惨劇の一場面を語ってゆく。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酔ってはいても、すこしも乱れない吉田は、赤い顔に陶酔の面持を浮かべ、身ぶり手まねを入れて、咄々とつとつと、語る。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
お勢もまた昇が「御結構が有ッた」と聞くと等しく吃驚した顔色かおつきをしてすこし顔をあからめた。咄々とつとつ怪事もあるもので。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
白波はくはをけり、砲門を開きて、咄々とつとつ来たってわれに迫らんとするさまの、さながら悪獣なんどの来たり向こうごとく
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
咄々とつとつ、酔漢みだりに胡乱うろんの言辞を弄して、蹣跚まんさんとして墓に向う。油尽きてとうおのずから滅す。業尽きて何物をかのこす。苦沙弥先生よろしく御茶でも上がれ。……
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
殊に又賊軍討伐の任に當れる官軍が、却つて良民を執へ、之を金に換へて賊軍の糧食に資するが如きは、支那以外の他國では、到底見當らぬ咄々とつとつ怪事と思ふ。
回覧雑誌は「咄々とつとつ」という題で、半紙を五十枚ほど綴じたものへ、一ページに六、七行の大きな文字を並べてあるが、中身は、ことごとく先生への冷やかしである。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
お丹は詰寄りて、「さもなければ質として、御手の御数珠を私があずかりましょう、どっちか一つ御返事なさい。貴女、まあどうでございます。」と咄々とつとつ人に迫りきたる。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幼な心に何の事とも分らず聞いておったあの咄々とつとつとした御音声ごおんじょうが、いまだに耳の中で聞えている。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
笑ふ時の余も、笑はるる時の余も同一の人間であるといふ事を知つたならば、余が煩悶を笑ふ所の人も、一朝地をかふれば皆余に笑はるるの人たるを免れないだらう。咄々とつとつ大笑。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
しかりしこうして商業の進歩はひとりこれらの現象にとどまらず、さらに一の咄々とつとつ驚くべきの現象を発出したり。なんぞや。曰く信約機関の発達これなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
幼な心に何の事とも分らず聞いてをつたあの咄々とつとつとした御音声ごおんじょうが、いまだに耳の中で聞えてゐる。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
咄々とつとつと云うことばの底には、何か、人間の真を打つものがこもっている。内蔵助はこんな場合、どうも出来ないもろいものを持っていた。いかにも困る顔をするのである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
客を送り出でて満枝の内に入来いりきたれば、ベッドの上に貫一の居丈高ゐたけだかに起直りて、痩尽やせすがれたるこぶしを握りつつ、咄々とつとつ、言はで忍びし無念に堪へずして、ひと疾視しつしひとみこらすに会へり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
不断ふだんから冷静を自慢している一人の男が、咄々とつとつとして、こんな見解をのべたのであった。
金枝玉葉の身で、かかる嗜好を有するとは、眞に咄々とつとつ怪事でないか。
咄々とつとつ迫る百人長は太き仕込杖しこみづえを手にしたり。
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さればかの迂儒うじゅの眼中より見ればほとんど理由もなく因縁もなく、他人の疝気せんきを頭痛に病むの類たるがごとく、実に咄々とつとつ怪事のごとしといえども、決してしからず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
と、いかにも世間れない正直さはあるが、なまりのある廻らぬ舌で、咄々とつとつと答えたといって、取次が、またその口真似をして伝えたので、さあみんな、再び笑いこけてしまった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
にはかきびすかへして急げば、行路ゆくての雲間にふさがりて、咄々とつとつ何等なんらの物か、とまづおどろかさるる異形いぎよう屏風巌びようぶいは、地を抜く何百じよう見挙みあぐる絶頂には、はらはら松もあやふ立竦たちすくみ、幹竹割からたけわり割放さきはなしたる断面は
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
咄々とつとつ迫る百人長は太き仕込杖しこみづえを手にしたり。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さらに、咄々とつとつ怪事にこそ。平貞盛が、将門を召すの官符を奉じて、常陸国へ至れるをや。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
物を云うにも、咄々とつとつと、どもる癖のある人の好さそうな人で、自分も工員とおなじ油ジミた作業服で、一日工場で立ち働いていた。食事付き日給二十八銭、宿舎費はべつ。日曜は休む。
その咄々とつとつたる容子ようすでは、この男に、そんな弁巧べんこうは持ち合わせていそうもない。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)