“号(ごう)” の例文
旧字:號
◎伊賀(いが)の上野(うえの)は旧藤堂(とうどう)侯の領分だが藩政の頃犯状(はんじょう)明(あきら)かならず、去迚(さりとて)放還(ほうかん)も為し難き、俗に行悩(ゆきなや)みの咎人(とがにん)ある時は、本城(ほんじょう)伊勢(いせ)の安濃津(あのつ)へ差送(さしおく)ると号(ごう)し
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
誰某(だれそれがし)が何を欲しいと云うから、ちょっと拝見とか、何々氏がこう云う物を希望だから、見せましょうとか号(ごう)して、品物を持って行ったぎり、返して来ない。
門 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのうち、おばあさんは、病気(びょうき)になられたのです。ちょうどそのころ、ドイツから、ツェッペリン伯(はく)号(ごう)が、日本(にっぽん)へ飛(と)んでくるといううわさがたっていました。
おばあさんとツェッペリン (新字新仮名) / 小川未明(著)
従来藤原村(ふじはらむら)三十六万町歩即凡そ十三里四方ありと号(ごう)する者果(はた)して真(しん)なりや否(いなや)、動植物(どうしよくぶつ)及(およ)び鉱物の新奇(しんき)なるものありや否等を究(きはむ)るに在(あ)り、又藤原村民の言に曰く
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
淳和奨学両院別当(じゅんなしょうがくりょういんべっとう)、後に号(ごう)して有徳院殿といった吉宗公も、こうしてはだかで御入浴のところは、熊公(くまこう)八公(こう)とおなじ作りの人間だが、ただ、濡れ手拭を四つに畳んであたまへのせて
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この使節(しせつ)たちは、アメリカからむかえにきた船(ふね)、ポーハタン号(ごう)にのって太平洋(たいへいよう)をわたるわけですが、それといっしょに、幕府(ばくふ)は、日本(にっぽん)の軍艦(ぐんかん)咸臨丸(かんりんまる)をアメリカへいかせることにしました。
本にある通りの比重(ひじゅう)でやったら亀(かめ)の尾(お)は半分も残(のこ)らなかった。去年(きょねん)の旱害(かんがい)はいちばんよかった所(ところ)でもこんな工合(ぐあい)だったのだ。けれども陸羽(りくう)一三二号(ごう)のほうは三割(わり)ぐらいしか浮く分がなかった。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
米国(べいこく)がえりのコレヤ丸は、疲れ切った船体を、港内の四号(ごう)錨地(びょうち)へ停めた。
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
濂字(あざな)は、景濂(けいれん)、其(その)先(せん)金華(きんか)の潜渓(せんけい)の人なるを以て潜渓(せんけい)と号(ごう)す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
使節(しせっ)の一行(こう)は、イギリスの軍艦(ぐんかん)オージン号(ごう)にのりこみ、品川(しながわ)から出発(しゅっぱつ)しました。