十六夜いざよい)” の例文
何時いつの間にやら雪は止んで、五六寸つもった庭を、十六夜いざよいの月が青白く照し、世界は夢の国のように、静寂に、神秘的に変貌して居るのでした。
猟色の果 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「たまたま逢ふに切れよとは、仏姿ほとけすがたにありながら、お前は鬼か清心様せいしんさま」という歎きは十六夜いざよいひとりの歎きではないであろう。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
藤の花の匂い、ほのかであり、十六夜いざよいの光、清らかである。こんな奇麗ない晩に、二人は斬り合おうとするのであった。
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
汚れたかわら屋根、目にるものはことごとせた寒い色をしているので、芝居を出てから一瞬間とても消失きえうせない清心せいしん十六夜いざよい華美はでやかな姿の記憶が
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
狂言は黙阿弥もくあみの『小袖曽我薊色縫こそでそがあざみのいろぬい』で、小団次こだんじ清心せいしん粂三郎くめさぶろう十六夜いざよい三十郎さんじゅうろう大寺正兵衛おおでらしょうべえという評判の顔あわせ。
だが、そのとき、殺気をなごめるようにぽっかりと光芒こうぼうさやけく昇天したものは、このわたりの水の深川本所屋敷町には情景ふさわしい、十六夜いざよいの春月でした。
客もあるじも十六夜いざよいの月を待つような、風流なのびやかな、さりとて一種の待ちわびしいような心持で、その美しい乙女のあらわれて来るのを待っていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
十六夜いざよいの夜半でござった。師匠の御新造の思召おぼしめしとて、師匠の娘御が、ソッと忍んで、蕎麦、蕎麦かきを……
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十六夜いざよい日記残月抄』に、間々はままにて、土が心の儘に崩るる所をいう。上野の大真間などもその意なりとあり。げにも渡瀬わたらせ川の高崖にて、躍滝というあたりなどはさる所なり。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
月は、横浜をってから大きくなるばかりで、その夜はちょうど十六夜いざよいあたりでしたろうか。太平洋上の月の壮大そうだいさは、玉兎ぎょくと、銀波に映じ、といった古風な形容がぴったりするほどです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
十六夜いざよい清心せいしんが身をなげた時にも、源之丞げんのじょう鳥追姿とりおいすがたのおこよを見そめた時にも、あるいはまた、鋳掛屋いかけや松五郎が蝙蝠こうもりの飛びかう夏の夕ぐれに、天秤てんびんをにないながら両国の橋を通った時にも
大川の水 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
左大臣家では東の御殿をみがくようにもして設備しつらい婿君を迎えるのに遺憾なくととのえて兵部卿ひょうぶきょうの宮をお待ちしているのであったが、十六夜いざよいの月がだいぶ高くなるまでおいでにならぬため
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
この季節のならいで、薄雲のかかった空に十六夜いざよいのおぼろ月があった。
彩虹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「十一、十二も瞬く間、お月様いくつ、十三泣き面、十四は頓死、十五夜お月様餠つきのお突き、十六夜いざよい月は誰と見ん、十七娘か二人と見れば、飽かずながめてにくからぬ、十九(苦)も忘れて、二十(重)の喜び……」
猿飛佐助 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
旧暦十六夜いざよいの月が赤く森から出る。
震災日記より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「どうも背後うしろ暗い弁解いいわけだの、空の十六夜いざよいを眺めるには、吟味所の壁へピッタリと耳を当てるにも及ぶまいが」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
箱根路は険阻だが、足柄路のように大廻りをしないので普通の足で一日行程ほどの違いになり、十六夜いざよい日記の婦人達も急ぐ旅には箱根路を通ったらしくみえている。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
小唄か何か口吟くちずさみながら、十六夜いざよいの月明りにすかして、何の気もなくヒョイと見ると、十けんばかり先に、欄干らんかんへ片足を掛けて、川へ飛込もうとしている人間があります。
〽しばしたたず上手うわてより梅見返うめみがえりの舟の唄。〽忍ぶなら忍ぶならやみの夜は置かしやんせ、月に雲のさはりなく、辛気しんき待つ宵、十六夜いざよいの、うち首尾しゅびはエーよいとのよいとの。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
源氏は言っていたように十六夜いざよいの月のおぼろにかすんだ夜に命婦を訪問した。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「おいらんは何て方?……十六夜いざよいさん、三千歳みちとせさん?」
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十六夜いざよいの月を茫然ぼんやりと窓を通して眺めながら、鳰鳥におどりは尚もかた夢現ゆめうつつのように思いやった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
十六夜いざよいか。」
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
冴え切った空には星の群が猫眼石のような変化ある光を互替かわるがわるに投げ合って夜の神秘を囁くのを羨ましくでも思ったのか、十六夜いざよいの月が野の地平線へ黄金の盆のような顔を出した。
死の復讐 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おりから、十六夜いざよいの冬の月寒々と空に冴え返り見渡す限り丘も山も雪の白無垢しろむくに包まれて白一色の物凄さ。忽然その時四方の山から飢えと寒さに焦心いきりだった狼の声々が聞こえて来た。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)