僻見へきけん)” の例文
日本にはまだそうした僻見へきけんの捕虜となっているものが、なかなか多いらしいから、特にこの一章の精読を希望して止まぬ次第である。
愛するのは自分のためではなく、他人のためだと主張する人は、ずこの辺の心持を僻見へきけんなく省察して見る必要があると思う。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
んな僻見へきけんに比べるとニーチエの方がの位もつともであつたか分らない。……そこで吾々はうしても「力」といふ観念をこゝで一新する必要がある。
点頭録 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一、あるいは解しがたきの句をものするを以て高尚こうしょうなりと思惟しいするが如きは俗人の僻見へきけんのみ。佶屈きっくつなる句は貴からず、平凡なる句はなかなかに貴し。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
稽古本けいこぼんで見馴れた仮名より外には何にも読めない明盲目あきめくらである。この社会の人の持っている諸有あらゆる迷信と僻見へきけんと虚偽と不健康とを一つ残らず遺伝的に譲り受けている。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかるに、亜米利加アメリカでは、平和を唱えながらかえって日本人排斥をやるが、我輩はこういう議論だ。今度の大戦は何から起ったかというと、民族的僻見へきけんが根本になっている。
大戦乱後の国際平和 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
これは無論むろん作者さくしやに對する一しゆ僻見へきけんかも知れませんが、事實じじつに於ては、私も氏の作品さくひんに強く心をかれ乍らも、どこかにまだ心持こゝろもちにぴつたり來ない點がないではありません。
三作家に就ての感想 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
昔もそんなものは全く日本になかったと即断すると同然、今にのっとって古を疑う僻見へきけんじゃ。
ひとあるひはわがはいのこの意見いけんもつて、つまらぬ些事さじ拘泥こうでいするものとしあるひは時勢じせいつうぜざる固陋ころう僻見へきけんとするものあらば、わがはいあまんじてそのそしりけたい。そしてつゝしんでそのをしへをけたい。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
僕はこの数篇の文章の中に直言即ち僻見へきけんを献じた。誰か僕の為に自獣樽を発し一杓の酒を賜ふものはないか? 少くとも僕の僻見に左袒さたんし、僻見の権威を樹立する為に一の力を仮すものはないか?
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかしそれは僻見へきけんであり誤解である。
化け物の進化 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
愚なる者、僻見へきけんに富める者が、いかに排斥するとも、向上心にとめる魂は、よく真理を掴み得る。神は決して何人にも真理を強いない。
それは葉子の僻見へきけんであるかもしれない、しかしもし愛子が倉地の注意をひいているとすれば、自分の留守の間に倉地が彼女に近づくのはただ一歩の事だ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
僕は僕の敬愛する叔父に対しては偽物贋物きぶつがんぶつの名を加える非礼と僻見へきけんとをはばかりたい。が、事実上彼は世俗に拘泥こうでいしない顔をして、腹の中で拘泥しているのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
歌よみは世間知らずにて、何でも和歌を本尊に立つる故僻見へきけん多し。和歌が堂上にのみ行はれたるが如きは、文学界の変象へんしょうなれども、歌よみはそれを正当と心得たるにやあらん。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
如何いかんとなれば日本人が民族的差別を撤廃しようというと、利己的にこれを排斥する。これは共同の精神を失っているのである。しかしながらかくの如き誤れる僻見へきけんは一朝にして改めることは出来ない。
始業式訓示 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
此等これらの人達に取りて、地上生活時代の意見の如きは、ほとんど問題でない。それ等は夙の昔に振りすてられ、生前の僻見へきけんなどは、最早もはやどこにも痕跡をとどめない。
津田から見たお秀は彼に対する僻見へきけんで武装されていた。ことに最後の攻撃は誤解その物の活動に過ぎなかった。彼には「嫂さん、嫂さん」を繰り返す妹の声がいかにも耳障みみざわりであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
又人は愛が他に働く動向を愛他主義と呼び、己れに働く動向を利己主義と呼ぶならわしを持っている。これも偶〻人が一種の先入僻見へきけんを以て愛の働き方を見ている証拠にはならないだろうか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼は物を見るところに物を捕える。物そのものの本質に於てこれを捕える。そして睿智えいちの始めなる神々こうごうしい驚異の念にひたる。そこには何等の先入的僻見へきけんがない。これこそは純真な芸術的態度だ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
もし世間が元日に対する僻見へきけんを撤回して、吉凶禍福きっきょうかふく共にこもごも起り得べき、平凡かつ乱雑なる一日と見做みなしてれる様になったら、余もまた余所行よそゆきの色気を抜いて平常の心に立ち返る事が出来るから
元日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)