“ひんきう”の漢字の書き方と例文
語句割合
貧窮100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
連歸(つれかへ)りしかど我が家は貧窮(ひんきう)にして九尺間口(まぐち)の煙草店(たばこみせ)故(ゆゑ)別(べつ)に此方へと言所(いふところ)もなく夫婦諸共(ふうふもろとも)吉之助を勞(いたは)ると雖も夜(よる)の物さへ三布蒲團(みのぶとん)一を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ロミオ 其樣(そのやう)に貧(まづ)しうあさましう暮(くら)してゐても、汝(おぬし)は死(し)ぬるのが怖(おそろ)しいか? 飢(うゑ)は頬(ほゝ)に、逼迫(ひっぱく)は眼(め)に、侮辱(ぶじょく)貧窮(ひんきう)は背(せ)に懸(かゝ)ってある。無情(つれな)い此(この)浮世(うきよ)に法度(はっと)はあっても、つゆ汝(おぬし)の爲(ため)にはならぬ。
貧窮(ひんきう)な生活(せいくわつ)の間(あひだ)から數年來(すうねんらい)漸(やうや)く蓄(たくは)へた衣類(いるゐ)の數點(すうてん)が既(すで)に其(そ)の一片(ぺん)をも止(とゞ)めないことを知(し)つてさうして心(こゝろ)に悲(かな)しんだ。汗(あせ)がびつしりと髮(かみ)の生際(はえぎは)を浸(ひた)して疲憊(ひはい)した身體(からだ)をおつぎは少時(しばし)惘然(ぼんやり)と庭(には)に立(た)てた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
呼寄(よびよせ)父樣(とゝさま)死なれし以來種々不幸が打續(うちつゞき)斯(かく)貧窮(ひんきう)となりしこと如何にも殘念なれば其方何卒(なにとぞ)辛抱(しんばう)して田畑(でんぱた)も元の如くに取戻(もど)し河口九郎右衞門が名跡(みやうせき)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
領主 此(この)書面(しょめん)にて僧(そう)が申條(まうしでう)の證(あかり)は立(た)ったり、情事(じゃうじ)の顛末(てんまつ)、女(をんな)が死去(しきょ)の報告(しらせ)また貧窮(ひんきう)なる藥種屋(やくしゅや)より毒藥(どくやく)を買求(かひもと)めてそれを持參(じさん)し、此處(これ)なる女(をんな)の墓(はか)の中(なか)にて自殺(じさつ)なさん底意(そこい)まで、明白(めいはく)と相成(あひな)ったわ。
一番に呼入(よびいれ)られ酒井侯には公用人澤田源之進井上喜右衞門兩人に委細(ゐさい)相尋問(あひたづね)べき旨仰付られしかばお專與惣次を糺(たゞし)ける時お專面を上(あげ)傳吉が家の貧窮(ひんきう)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)