遺骸なきがら)” の例文
「その代り遺骸なきがらは此方で引取り、回向ゑかう萬端手落なく致させます——てやがる。お貰ひの仲間にも、坊主も穴掘りも居るんだつてネ、親分」
本所の南、五本松の浄巌寺じょうがんじに、庄太郎の遺骸なきがらを埋めて、今は陰影かげと静寂の深い家に、老夫婦は、こうして、ぼんやりすわって来たのだった。
仏前の燈明は線香のけぶりに交る夜の空気を照らして、何となく部屋の内も混雑して居るやうに見える。父の遺骸なきがらを納めたといふは、く粗末な棺。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
乳母に連れて行かれたのは真夜中のことでしたが、お遺骸なきがらを安置してある上段の御簾みすのかげには、わたしたちの外に誰も人気ひとけはありませなんだ。
東京の随所には敗残した、時代の遺骸なきがらかたはらに青い瓦斯の火がともり、強い色彩と三味線とに衰弱した神経が鉄橋と西洋料理レストラントとの陰影に僅かに休息を求めてゐる。
新橋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その跡の遺骸なきがらは文吉が引取りまして、別に寺もありませんから小岩井村の菩提所ぼだいしょへ葬むり、また山平は伯父と相談して兎も角もお繼を引取り、剣術を仕込み
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
に彼も家の内に居て、遺骸なきがらの前に限知られず思ひ乱れんより、ここには亡き人のそばにも近く、遺言に似たる或る消息をも得るらんおもひして、立てたる杖に重きかしらを支へて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
新一の遺骸なきがらはもういくらゆすぶっても何らの反応を示さず、一個の物体と化し去っていた。京子はその傍らの床にひざまずいて望月少佐を見上げたまま、声を上げて泣いていた。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私は今日外から歸つてきて、松林の丘を登りながら、その小徑の踏段の一つに、まつ黒に集つた數百匹の蟻によつて運ばれてゐる、小さな蝉の遺骸なきがらを見た。羽の透明な、小指の頭ほどの蝉である。
艸千里 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
きのふの『ねたみ』はせぬ、遺骸なきがらをば
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
流し斯るいやししづ腰折こしをれも和歌のとくとて恐多おそれおほくも關白殿下くわんぱくでんかへ聽えしも有難さ云ん方なきに況てや十ぜんじようの君より御宸筆しんぴつとはと云つゝ前へがツくり平伏へいふく致すと思ひしに早晩いつしか死果しにはてたりしとぞ依て遺骸なきがら洛外らくぐわい壬生みぶ法輪寺ほふりんじはうむり今におかち女のはか同寺どうじにありて此和歌わかのこりけるとかや
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「その代り遺骸なきがらはこっちで引取り、回向万端えこうばんたん手落なく致させます——てやがる。お貰いの仲間にも、坊主も穴掘りもいるんだってネ、親分」
丁度扇屋では人々が蓮太郎の遺骸なきがら周囲まはりに集つたところ。親切な亭主の計ひで、焼場の方へ送る前に一応亡くなつた人の霊魂たましひとむらひたいといふ。読経どきやうは法福寺の老僧が来て勤めた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「おひいさまとわたくしとが此処を通り合わせましたのも何かの縁、せめて遺骸なきがらを拝ませて貰って、餘所よそながら供養をして上げとう存じますが、それもかなわぬのが口惜しゅうござります」
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
死んだ者なら遺骸なきがらを探し出して、せめて葬式だけでも出してやりたいと、家内がしきりに言うので、観相院へ行って易を立てて貰うと、——これはいけない、娘さんの遺骸は
斯う決心して、生徒に言つて聞かせる言葉、進退伺に書いて出す文句、其他種々いろ/\なことまでも想像して、一夜を人々と一緒に蓮太郎の遺骸なきがらの前で過したのであつた。彼是かれこれするうちに、鶏が鳴いた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
戀女房のもがき死にに死んだ遺骸なきがらを、あまり他人の眼に觸れさせたくなかつたのでせう。
恋女房のもがきじにに死んだ遺骸なきがらを、あまり他人の目に触れさせたくなかったのでしょう。
まだ納戸に居る女房のお常は、止めどのない涙にひたり乍ら、勘太郎の遺骸なきがらを、添乳でもするやうに抱き上げたつ切り、血潮に染むのも構はず、誰が何と言つても放さうともしません。
まだ納戸に居る女房のお常は、止めどのない涙にひたりながら、勘太郎の遺骸なきがらを、添乳そえぢでもするように抱き上げたっきり、血潮に染むのも構わず、誰が何と言っても離そうともしません。