見向みむき)” の例文
洋服の男は女の肩のあたりに手をやろうとして、体の向きを変えて背後向うしろむきになった。女は見向みむきもせずにその前をつかつかと通ろうとした。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かねて見向みむきもしない村の人達が、殊更ことさらにお世辞を云って、お祝いに来たりした。恵美のうちのお祖父じいさんも来た。私は、なんだかうれしくて仕様しようがなかった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
しか此節このせつ門並かどなみ道具屋だうぐやさんがふえまして、斯様かやうしなだれ見向みむきもしないやうになりましたから、全然まるでがないやうなもんでげす、うもひど下落げらくをしたもんで。
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
糞忌々くそいまいましいからそれからグングン仕事に掛って二時過ぎになるとお茶飯やつが出たが、俺は見向みむきも仕ないんだ。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
鋭き言葉に言いこらされて、餘儀なく立ちあがる冷泉を、引き立てん計りに送り出だし、本意ほいなげに見返るを見向みむきもやらず、其儘障子をはためて、仆るゝが如く座に就ける横笛。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
これは英吉利イギリスのある田舎町であつた事で、大阪であつた事ではない。大阪では牧師は乞食などに見向みむきもしない。そしてステツキや聖書の代りに汽車の時間表をポケツトに入れてゐる。
御帰館おかえり——」と叫ぶにつれ、老婦人でて、式台に成らせたまえば、一同眼の覚めたる心地して、万歳をどっと唱え、左右にずらりと平伏するを、見向みむきもせで、足疾あしばや仏室ぶつまの内
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
慥に見屆たり何所に居り候やおし下さる可しとたづねければ住持はきゝは以ての外のことながら然樣さやうな者は參らず定めて門違かどちがひに候はんと云ひつゝ見向みむきもせず般若心經はんにやしんきやうよんで居けるに否々いや/\是へ追込しを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
見向みむきもせず、また南無阿弥陀なむあみだで手内職。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
付て油斷ゆだんがならず何卒なにとぞ御迷惑ごめいわくながら御同道下さらば丁度旦那樣の御供の樣にて惡漢わるものつく氣遣きづかひなく心丈夫に存じますといふに後藤は見向みむきもせず夫は貴樣の勝手次第かつてしだいにといひはなし一向構はず行中ゆくうちにはや戸塚の棒鼻ぼうはなへ入りたるに或料理屋の勝手かつてかつを佳蘇魚まぐろひらめの數々の魚見えければ後藤は一杯やらんと此家このやに入てさけさかな
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)