表面おもて)” の例文
「ハ、表面おもて立つた媒酌人と申すも、いまだ取りさだめたと申す儀にも御座りませぬ、いづれ其節何殿どなたかに御依頼致しまする心得で——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
油ひきたる物燃ゆれば炎はたゞその表面おもてをのみ駛するを常とす、かのくびすよりさきにいたるまでまた斯くの如くなりき 二八—三〇
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
……勇を現わすということは、表面おもて立って生活くらす手段に過ぎない。だが余り表面立つと、その生活し方が窮屈になる。それは偶像にされるからだ
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
むかしと違ひて御質素との表面おもてなれど、衣類もち物の支度なみ/\の嫁入りよりは仰山なれば、御奉公人とても小商人小官吏などの娘小供はなく
花ごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
要するに、表面おもてむなしく見せてその実豊かに、表面は無愛想でもその実親切を貴ぶのが小諸だ。これが生活上の形式主義を産む所以ゆえんであろうと思う。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
呼吸いきはずませて尋ねました。この言葉の終らぬうちに、早くも赤鸚鵡の眼から電光のように光りがさして、鏡の表面おもてさっと緑色に曇って来ました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
そして窓明りをかしてその米の表面おもてを眺めた。平らにならされた面の上には「寿ことぶき」という字が指で書かれてあった。
不審に思いながら手に取って読んで見ると、その表面おもてには鉛筆の走り書きで次のようなことが記されてあった。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
表面おもてに、溌剌はつらつと見えるからといって、青春者わかいひとたちが、やはり世の中へたつのは、多少とも死もの狂いであるのと同様、先覚者さきのひとたちも決して休止状態でいるのではない。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
……が、なぜか、物の本の古びた表面おもてへ、——来れや、来れ……と仮名でかきちらす形がある。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
太宰府に居ると言うが表面おもてだから、氏の祭りは、枚岡・春日と、二処に二度ずつ、其外、まわり年には、時々鹿島・香取の東路あずまじのはてにある旧社もとやしろの祭りまで、此方で勤めねばならぬ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
いや、女の肉に飢えた野獣けだものだ! 兄上! もはやこの軍使と言葉を交す要はござりませぬ。札荅蘭ジャダラン族の運命は決まった。ひとり残らず、この地球の表面おもてから抹殺されるだけのことだ。
空一面に渋い顔を開いて、遙かに遙かに地球の表面おもてを圧して居る灰色の雲の下には、圧せられてたまるものかと云はぬ許りに、劫初ごふしよまま碧海あをうみが、底知れぬ胸の動揺ゆるぎの浪をあげて居る。
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかし、絶対清浄せいじょうであるはずの夫子が汚らわしい淫女に頭を下げたというだけで既に面白くない。美玉を愛蔵する者がそのたま表面おもてに不浄なるもののかげの映るのさえ避けたいたぐいなのであろう。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
お守りは熨斗形のしがたの小さいもので、表面おもてに「上」という字を書いてその下に印を押してあります。その印のところで火傷をでるのですが、なんでも印のところに秘方の薬がつけてあるということです。
江戸の化物 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
『向ふの二階屋の表面おもては大通りになつてるのかね?』
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
表面おもては蛟龍雲をいて
古盃 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
貧しい生活くらしをしているにも似ず性質はきわめて快活で鬱勃うつぼつたる覇気も持っていたが、そこは学問をしただけに露骨にそんなものを表面おもてへは出さない。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そうしてその眼の光りで水底みずそこの鏡の表面おもてを照しますと、鏡の表面おもては見る見る緑色に曇って来まして、間もなくその中から美紅みべに姫の姿が朦朧ぼんやりと現われましたが
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
この返事をお雪は翌日あくるひまで出さずに置いた。折を見て、封筒の宛名だけしたためて、肩に先方さきから指してよこした町名番地を書いた。表面おもてだって交換とりかわす手紙では無かったからで。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何處にもせよ靜かに眠る處をと求め給ひしなり、浪は表面おもてにさはぐと見ゆれど思へば此底は靜なるべし、暗くやあらん明くやあらん、世の憂き時のかくれ家は山邊もあさし海邊もせんなし
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
宮方と武家方との確執が、合戦という形をとって、露骨に表面おもてへあらわれて、世が殺伐となったのである。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うみの面は油のように平らにトロリと湛えているが、しかし玲瓏れいろうと澄んではいない。底に無限の神秘を秘め、表面おもてに不安の気分を現わし、どんよりと拡がっているばかりである。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)