蕩尽とうじん)” の例文
旧字:蕩盡
御承知とは存じますが、津多子様の御夫君押鐘博士は、御自身経営になる慈善病院のために、ほとんど私財を蕩尽とうじんしてしまいました。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
祖先たちは戦争好きだったために、ひどく家産を蕩尽とうじんしてしまったが、男爵はなおも昔の威容をいくらかでも保とうと懸命になっていた。
予が報国の微衷もて永々ながなが紀州のこの田舎で非常の不便を忍び身命を賭して生物調査をし、十四年一日のごとく私財を蕩尽とうじんしてって居るに
何にせよこれが定基には前世因縁とも云うものであったか素晴らしく美しい可愛かわゆいものに見えて、それこそ心魂を蕩尽とうじんされて終ったのである。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
巨万の財産を蕩尽とうじんしたとか云ふやうな話は、西洋でこそ珍しくないけれども、日本ではまだそんな噂を聞いたことがない。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
主人あるじの語るところによると、この哀れなきょうだいの父親というは、非常な大酒家で、そのために命をも縮め、家産をも蕩尽とうじんしたのだそうです。
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ジャンナン一家の者は、恐ろしい生存競争を見出し、また、パリーが使い道のない大小の才能をやたらに蕩尽とうじんしてることを見出したのであった。
女の方が肺患で死んでしまったのだ! ついで男が幾万という財産を相場と遊蕩で蕩尽とうじんして朝鮮へ逃げて行ってしまったのだ! 己はもっと東京にいたかった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
こうさびれた原因となったものは、もちろん、金の蕩尽とうじんばかりでなく、むしろ仕事の精力の蕩尽なのです。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
ことに下級船員は、そのために、全収入を蕩尽とうじんするのだと、社会は例外なく考えている。そして、それは、多くの場合事実である。が、それがどうしたというのだ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
残余の生涯と財産の全部をチャアリイの捜索に蕩尽とうじんして、ずっと昨年に及びながら、ついに二人ともチャアリイの名を死の口唇に残したまま、最近あいついで他界した。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
雲如は江戸の商家に生れたがはじめ文章を長野豊山ながのほうざんに学び、後に詩を梁川星巌やながわせいがんに学び、家産を蕩尽とうじんした後一生を旅寓に送った奇人である。晩年京師けいしに留り遂にその地に終った。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
親の金を蕩尽とうじんして逃げて来た極道者も、おととい牢屋から出て来た入墨者いれずみものもいるが——それが弥次兵衛という戸長のもとに、大家族式な生活を営み、ざッかけない、あらっぽい
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに、死んだシャプリッツキイね——数百万の資産を蕩尽とうじんして、尾羽おは打ち枯らして死んだ——あの先生が、かつて若いときに三十万ルーブルばかり負けたことがあったのだ。
地震によって惹起じゃっきされる津波もまたしばしば、おそらく人間の一代に一つか二つぐらいずつは、大八州国おおやしまのくにのどこかの浦べを襲って少なからざる人畜家財を蕩尽とうじんしたようである。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かつてここに遊びたる紳商某は足再びその室を出でずして鉅万きょまんの産を蕩尽とうじんしたる事あり。
四百年後の東京 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
獄卒はやがて役をめて、ふところ手で一生を安楽に暮らした。その歿後、せがれは家産を守ることが出来ないで全部蕩尽とうじん、そのときに初めてこの秘密を他人に洩らした。(諧史)
津藤つとう即ち摂津国屋つのくにや藤次郎とうじろうは、名はりん、字は冷和れいわ香以こうい鯉角りかく梅阿弥ばいあみ等と号した。その豪遊をほしいままにして家産を蕩尽とうじんしたのは、世の知る所である。文政五年うまれで、当時四十歳である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ちょうど今から五年以前、女の夫は浅草田原町あさくさたわらまちに米屋の店を開いていましたが、株に手を出したばっかりに、とうとう家産を蕩尽とうじんして、夜逃げ同様横浜よこはまへ落ちて行く事になりました。
捨児 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
病死する時未亡人は、山路にむすめと結婚してくれと頼んだ。山路は好いかげんな返事をして、病人を安心さして置いて、いよいよ未亡人が亡くなると、残りの財産を蕩尽とうじんしてしまった。
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
兄が派手な性質で、同じく家産を蕩尽とうじんしました後にもその糧を求むる為めには競馬場の下働きをして満足しているに引き代え、弟の花田は渋いもの渋いものと心を潜ませて行きました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今では蕩尽とうじんされて、僅に残株ざんしゅを存するばかり、昔のおもかげは見る由もないとなげかれたが、小御岳から、大沢をはさんで、大宮口に近い森林まで、純美なる白石楠花の茂っていることは
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
義髄はそのために庄屋の職を辞し、京都寺社奉行所と飯田千村役所との間を往復し、初志を貫徹するために前後四年を費やして、その資産を蕩尽とうじんしてもなお屈しないほどの熱心さであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人形を愛するあまりには家産を蕩尽とうじんするのは愚か、ほんとうに発狂する者さえもある。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
十一月十五日、暁うしの刻、神田相生町かんだあいおいちょうから起った大火に横山湖山はお玉ヶ池の家をかれてその妻と乳児とをたすけて箱崎町なる武家某氏の長屋に立退たちのいた。湖山はこの火災に平生の詩稿を蕩尽とうじんした。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
以前なら二十年間も人類を養い得るだけの量の偏見と希望とは、わずか五年くらいのうちに蕩尽とうじんされてしまっていた。各世代の精神は、たがいに相つづいて、往々たがいに飛び越えて、疾走していた。