ないがしろ)” の例文
自我の利欲に目のくらむ必要がある。少くとも古来より聖賢の教えた道をないがしろにする必要がある。生活難をうたえる人よ。私は諸君がうらやましい。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
司法権の独立だけはややもすればしばしば行政権の直接の圧迫を受け、三権分立の趣意が動もすればないがしろにせらるるの恐れがあるからである。
正体が知れてからも、出遊の地に二心ふたごころを持って、山霊をないがしろにした罪を、慇懃いんぎんにこの神聖なる古戦場にむかって、人知れず慚謝ざんしゃしたのであるる。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
第一、ほかの氏々が、大伴家よりも、ぐんと歴史の新しい——人の世になつて初まつた家々の氏人までが、御一族をないがしろに致すことになりませう。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
わしはいつも東夏に言って聞かせているのだが、職業や勉強をないがしろにして何が国家だ。何が社会だ。独立が聞いて呆れる。
しかして鴎外は人間行為の無常なるためしとして芸術をないがしろにしないまでも、その未来性を疑っていたのであろうか。それでは余りに矛盾が大き過ぎる。
これは丁度現在の事実をないがしろにする反対である。自分はどうしてさう云ふ境地に身を置くことが出来ないだらう。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
が、忠義と云うものは現在つかえている主人をないがしろにしてまでも、「家」のためを計るべきものであろうか。しかも、林右衛門の「家」をうれえるのは、杞憂きゆうと云えば杞憂である。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
紋「えゝ喜一郎、今日きょうは富彌の罪はゆるさんぞ、幼年の折から側近くいて世話致しくれたとは申しながら、余りと云えば予を嘲弄いたす、予をないがしろにする富彌、免し難い、斬るぞ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ついには教会全体より危険なる異端論者、聖書をないがしろにする不敬人、ユニテリアン(悪しき意味にて)、ヒクサイト、狂人、名誉の跡をう野望家、教会の狼、等の名称を付せられ
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ややもすれば法をないがしろにする者があるのは、この作り話以上の不可思議といわねばならぬ。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
諄々くどくど黒暗くらやみはじもうしてあなたの様ななさけ知りの御方に浅墓あさはか心入こころいれ愛想あいそつかさるゝもおそろし、さりとて夢さら御厚意ないがしろにするにはあらず、やさしき御言葉は骨にきざんで七生忘れませぬ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
歴史をないがしろにするに近し、この浮彫の圖樣は大帝凱旋の行列なれば、かゝる誤を傳へしにや、見給へ、かしこなる寺門に近き處にもこれに似たる石棺ありて、その圖様は酒神バツコスの行列なり
どうせ茶屋小屋に居た女が、いつまでも御大家に居て、奥様をないがしろにしてゐる訳にもゆくまいから。ね、だからもしひよつと、この後お前おツかアに逢ふ事があつたら、忘れないでいふんだよ。
磯馴松 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
因果の大法をないがしろにし、自己の意思を離れ、卒然として起り、驀地ばくちに来るものをふ、世俗之を名づけて狂気と呼ぶ、狂気と呼ぶもとより不可なし、去れども此種の所為を目して狂気となす者共は
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
未来に工藝を計る者は、「多」と「美」との間に結ばれるこの秘義を、ないがしろにしてはならぬ。多に交わらずしては真の美は存在しがたい。それなら少量に作るあらゆる事情は打破されねばならぬ。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
剛毅ごうきで天才的な少年武蔵は、常に父の無二斎をもないがしろにする風があった。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
映画の内容は? 内容とは筋ではない、映画が若しも如何なる意味に於てか芸術で有り得るとするならば、その芸術自身の姿だが、そんなものは全くないがしろにされ忘れられてしまっているではないか、と。
十年後の映画界 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
長いあいだ芸術上の日本をないがしろにしていたことへの懺悔ざんげに似た気持もあって、改めて美術史をよみ、希臘ギリシャ羅馬ローマからルネッサンスへかけての西洋美術とどう違うかということや、仏像の様式の変化とか
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
法をないがしろにするは国家を蔑にするなり。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
第一、ほかの氏々——大伴家よりも、ぐんと歴史の新しい、人の世になって初まった家々の氏人までが、御一族をないがしろに致すことになりましょう。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
二代續いて忠勤を勵んでゐる此老爺らうやないがしろにすると云ふことがあるものかと思つての衝突である。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかし実際上多くの場合においては、彼らはその特殊の地位にれ、以て国家優遇の恩に背くこと甚だ少なくはない。甚だしきは、その特権を濫用して、一般の利福をないがしろにするものすらある。
おのれらは勿体もったいなくも、天上皇帝の御威徳をないがしろに致す心得か。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
殿様をないがしろにいたす事もな存じてる。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かう云ふ閲歴をして来ても、未来の幻影をうて、現在の事実をないがしろにする自分の心は、まだ元のままである。人の生涯はもう下り坂になつて行くのに、逐うてゐるのはなんの影やら。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
その實感を主觀といへるに至りては、亞米利加の人某が言に基づけりとはいふものから、そのことさらに古今審美學者の用語例をないがしろにして、故もなく新字面を作れるはおなじかるべし。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)