きざ)” の例文
それが、数年来きざしていた彼の厭世的人生観をいよいよ実際的なものにし、彼の病苦と相俟って自殺の時期を早めたものらしい。
芥川の事ども (新字新仮名) / 菊池寛(著)
やう/\あきらかなかたちとなつて彼女かのぢよきざした不安ふあんは、いやでもおうでもふたゝ彼女かのぢよ傷所きずしよ——それは羞耻しうち侮辱ぶじよくや、いかりやのろひや
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
しかし暗夜は暗夜の徳あって、孟子もうしのいわゆる「夜気やき」は暗黒のたまものである。いにしえの学者の言に、「好悪こうあくりょう夜気やききざす」と。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
後ろからは清子と靜子が來る。其跫音も何うやら少し遠ざかつた。そして自分が信吾と並んで話し乍ら歩く……何となき不安が胸にきざしてゐた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
さうした、多少はつきりした考へが、何処かできざしはじめると、少しづゝ彼女の気持も勇敢になりはじめるのだつた。
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
都留の心にはいつかそういう疑いがきざしはじめた。——二十年にわたって藩政を壟断ろうだんし私曲をほしいままにした人だろうか。
晩秋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
けれども、それはたゞしづんだものをてて、にぎやかなひかりのうちにかしたまでであつた。御米およねくら過去くわこなか其時そのとき一種いつしゆ好奇心かうきしんきざしたのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
夜が更け酒肴が徹せられた、甚内は寝間へいざなわれたが、容易にお米の寝ないのを見るとちと不平もきざして来る。で、蒲団の上へ坐り、不味まずそうに煙草を喫い出した。
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
妙な考へが、私の心にきざした。もしも、リード氏が、この世に生きてゐたら、私を可愛がつて下さるだらうと云ふことを、私は疑はなかつた——決して、疑はなかつた。
しかしその実彼は幸福ではなかった、彼はようや寂寞せきばく孤独の念をきざして来た、日々何十人何百人という人に逢うけれども一人も彼に友たる人は無かった、それがために彼は歎いた。泣いた。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
おれの胸に始めて疑団ぎだんきざしたのは、正にその白拍子たるお前の顔へ、偶然の一瞥いちべつを投げた時だ。お前は一体泣いてゐるのか、それとも亦笑つてゐるのか。猿よ。人間よりもより人間的な猿よ。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
眼に見えない風が山の彼方かなたより種を抱いて吹き来たったりして、春にきざし、夏に花咲き、秋に実るのである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
御米およねびにたうとするのを、ようはないからいとめたまゝ宗助そうすけ炬燵蒲團こたつぶとんなかもぐんで、すぐよこになつた。一方口いつぱうぐちがけひかえてゐる座敷ざしきには、もう暮方くれがたいろきざしてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一たび野心という病いの黴菌ばいきんが胸中にきざしたのちは、いかなる方法をもってするも、目的を遂げんと望んだため、最初堂々たる方法で戦ったに反し、後には目的を達するに急となり
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)