腫物しゅもつ)” の例文
浅草は東京という都会の皮膚に開いた毒々しい腫物しゅもつの花だからだ。そこには常態でない凡てのものが、ウジャウジャとたかっている。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
江東こうとうの或る商人あきんどの左の二の腕に不思議の腫物しゅもつが出来た。その腫物は人のかおの通りであるが、別になんの苦痛もなかった。
腫物しゅもつの切り離された姿を見たいという慾望を満足させるために、施してならぬ手術をあえてした私が、どうして彼の今のこの要求を拒むことが出来よう。
肉腫 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
認められたらそれまでである。認められないのに、こちらから思い切って持ち出すのは、肌を脱いでむさ腫物しゅもつを知らぬ人の鼻のさきにおわせると同じ事になる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜が明けたら築地の病院に腫物しゅもつんで入院して居る父を見舞うつもりで、其れ迄新橋停車場の待合室にでも往って寝ようと、月明りと電燈瓦斯の光を踏んで
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
▲『四谷』の芝居といえば、十三年前に亡父おやじが歌舞伎座でした時の、伊右衛門いえもん八百蔵やおぞうさんでしたが、お岩様のばちだと言って、足に腫物しゅもつが出来た事がありました。
薄どろどろ (新字新仮名) / 尾上梅幸(著)
テーブルも椅子いすもなかった。恐ろしく蒸し暑くて体中が悪い腫物しゅもつででもあるかのように、ジクジクと汗がみ出したが、何となくどこか寒いような気持があった。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
そうしてややしばらく痛い腫物しゅもつさわるようない心持ちで男と女の二足の下駄をじっと見つめていた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
湿気のために、皮膚いちめん、妙な腫物しゅもつができて、瀕死の彼を苦しめた。胃も腸も、空ッぽである。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先生は涼しい階下した離房はなれの方へ床をのべてていた。そのころ先生の腫物しゅもつは大分痛みだしていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
眼の下にポツリと一つの腫物しゅもつが出来たかと思うと、たちまち腫れ上ってまるで死んだ豊志賀の通りの顔になり、膝に手を突いて居る所が、鼻をつままれるも知れない真の闇に
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
腫物しゅもつが出来ても針をすることはず見合せたいとい、一寸ちょっとした怪我でも血が出ると顔色がんしょくが青くなる。毎度都会の地にある行倒ゆきだおれ首縊くびくくり、変死人などは何としても見ることが出来ない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
洪水の襲撃を受けて、失うところのだいなるを悵恨ちょうこんするよりは、一方のかこみを打破った奮闘の勇気に快味を覚ゆる時期である。化膿せる腫物しゅもつ切開せっかいした後の痛快は、やや自分の今に近い。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
指痛(腫物しゅもつにて)をうれえしきこれが薬法をたずねしに、某の木と某の草とを調合して服用すべしと教えたり。されど、その草の名を明言せざりしをもって、再三これを問い返せども、さらに知れず。
いまわしい蝋細工の腫物しゅもつの奥に、真実の人間の皮膚が黒ずんで見えた。作り物でない証拠には、一面にうぶ毛が生えていた。
白昼夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
残りなく聞いてくれぬ上に、呑気のんき慰藉いしゃをかぶせられるのはなおさら残念だ。うみを出してくれと頼んだ腫物しゅもつを、いい加減の真綿まわたで、で廻わされたってむずがゆいばかりである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
例の腫物しゅもつが見えたので、さすがの高麗蔵さんも、一寸ちょっと慄然ぞっとしたという事です。
薄どろどろ (新字新仮名) / 尾上梅幸(著)
すると昨年の十一月から伊之助が業病ごうびょうに取附かれまして、その足へ腫物しゅもつが出来まして、どうも痛んでこらえられないばかりでなく、放棄うっちゃって置くと漸々だん/″\腹の中まで腐れ込むと医者が申しますで
「いや、ちとな、その腫物しゅもつができたので」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
到頭腫物しゅもつつぶれる時が来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この世には、時々、何とも解釈のつかぬ、夢の様な、突拍子とっぴょうしもない事柄が、ヒョイと起ることがあるものだ。地球のわずらう熱病が、そこへ真赤な腫物しゅもつとなって吹き出すのかも知れない。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
今度私に突合つきあって、伊右衛門をするのは、高麗蔵さんですが、自分は何ともないが、妻君の目の下に腫物しゅもつが出来て、これが少しれているところへ、あいがかった色の膏薬こうやくを張っているので
薄どろどろ (新字新仮名) / 尾上梅幸(著)