窒息ちっそく)” の例文
うれし泣きに嗚咽おえつするお珠の顔を、むごいような力でいきなり抱きしめると、安太郎は、彼女の唇に情熱のほとばしるままに甘い窒息ちっそくを与えた。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれは煙に巻かれて窒息ちっそくしている巌の体に足をふれた、かれは狂気のごとくそれを肩にかけた、そうしてきっと窓の方を見やった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
つまり、あっけなく窒息ちっそくしてしまわないように、出来るだけ長く闇の地中で苦しみもがくように、息の通う場所を作って置いたのです。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
棚や冷蔵庫にひそんでいるとしても、たしかに鍵のかかっているところを見ると、窒息ちっそくしてしまうよりほかはないはずだった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そのかん、彼はあらゆる角度から、妻君という女を味わってしまった。そのあとに来たものは、かねてとなえられている窒息ちっそくしそうな倦怠けんたいだった。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
「おまえ水をかい出すにどのくらいかかるか、勘定かんじょうしていたじゃないか。だがとてもまに合いそうもないぜ。おれたちは空腹くうふく窒息ちっそくで死ぬだろう」
子供が魚の骨をのどへ立てて大騒ぎをしたり、老人が餅を喉へひっかけてそれなり窒息ちっそくするような事も折々ありますが
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
幸福な融和よりも、窒息ちっそくしそうな埋没まいぼつしか、私にはあたえられない。歓びとともにその幻影に自分の核までを解消してしまう力が、私には欠けているのだ。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
今にも窒息ちっそくせんず思いなるを、警官は容赦ようしゃなく窃盗せっとう同様に待遇あしらいつつ、この内に這入はいれとばかり妾を真暗闇まっくらやみの室内に突き入れて、またかんぬきし固めたり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
しかしそれが今のように、全く途絶してしまうと、こどものうちから見慣れている眼にはまるで窒息ちっそくしつつある怪物のように思えて、慧鶴には、惨たらしく感じられた。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「理事長も、荒田さんと小関さんの二人を相手では、お骨が折れるでしょう。これは、ひょっとすると、全国的連合組織に名をかりて、友愛塾を窒息ちっそくさせる算段かもしれませんね。」
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
窒息ちっそくのためもうほとんど死んだようになっていて、土管の外へ出ると、だらりとえりまきを見るようにぶらさがったが、すこし石太郎が手をゆるめたのか、なにかかき落とそうとするように
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
にこにこ卑しい追従笑ついしょうわらいを浮べて、無心そうに首を振り、ゆっくり、ゆっくり、内心、背中に毛虫が十匹っているような窒息ちっそくせんばかりの悪寒おかんにやられながらも、ゆっくりゆっくり通るのである。
しかし律法は人の生命を生かすべきものであって、これを窒息ちっそくさすべきものではない。律法の形式が生命を窒息させる時は、その束縛から人を解放することこそ、律法本来の目的を達する道である。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
しまいには窒息ちっそくするほど苦しくなって来るんだという。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのまま窒息ちっそくしそうな彼女の身のふるえを、師直は見のがしていなかった。推察はあたっているなと冷酷にうなずいたかのようだった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかもこの調子では、まだそうとうの高度のときに、艇内の空気はうすくなって、呼吸困難、または窒息ちっそくのおそれがある。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だが、自家の押入れの長持の中で、窒息ちっそくするなどとは、どう考えて見ても、あり相もない、滑稽至極しごくなことなので、もろくも、その様な喜劇じみた死に方をするのはいやだった。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
背なる小供は母の背にかがまりたるに、胸を押されて、その苦しさに堪えずやありけん、今にも窒息ちっそくせんばかりなる声を出して、泣き叫びけれども、母は聞えぬていにて、なお余念なくあさり尽し
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
炎々えんえんたる火光と黒煙のあいだに父は非常な迅速じんそくさをもって帳簿箱に油を注いでいる、石油のにおいは窒息ちっそくするばかりにはげしく鼻をつく、そうしてすさまじい勢いをもって煙を一ぱいにみなぎらす
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
だが、この連環のなかにじっとしていたら、結局、自分は丞相という名だけを持って、窒息ちっそくしてしまう運命に立到るであろう。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、威風堂々と、あたりを見まわしたが、そのいきおいのはげしいことといったら、見かけによらぬノルマン船長の怪力を知らない者は、窒息ちっそくしそうになったくらいである。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一 ほとんど窒息ちっそく
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
鼻腔びこうはつきさされるよう、のどはかわいて声さえでぬ。……そこにしばらくもがいていれば煙にまかれて窒息ちっそくはとうぜんだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洞窟の口が、真っ白なしぶきになると、瞬間、ほらのなかは真空になる。窒息ちっそくしてしまいそうな風圧をおもてに感じる。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宙を飛ぶ巨大な男の腕のなかに、彼女はあきらめの目をつぶっていた。窒息ちっそくの境が甘い夢のようだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いやなお、どこかに生をぬすんでいる限り、窒息ちっそくの苦悩をしながら腐肉ふにくを抱えているものにすぎない。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のみだれ、黒髪のふるえ、彼女に与えられるたましいとは彼女を窒息ちっそくさせるほどなものだった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
荊州の危うきときは、漢川かんせん危殆きたいに瀕し、漢川を失えば蜀もまた窒息ちっそくのやむなきに至りましょう。いずれにせよ、長江波高き日は、玄徳が一日も安らかに眠られない日です。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
結果的に、理念の現実固着は、いよいよわれらの現実窒息ちっそくを急迫にするだけのものになる。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、群衆はすぐ、窒息ちっそくしたように黙った。カーンと強い音響を聞いた時、それは槍が槍の柄を打ったのかと思ったら、陀雲という法師の頭が、南光坊の槍で撲り飛ばされていたのである。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
誰かその唇を窒息ちっそくするほど吸ってくれて、そして体の奥所おくがのものに肉のいましめと血の拷問ごうもんを加えてくれるような力を望むらしく、ウームとくるしげにまなじりさえも吊ッて、身もだえして見せるのだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人々は一瞬、窒息ちっそくしたように、ただおもてと面をつき合せていた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)