私語ささやき)” の例文
腐ったINKの海・テイジョ河口の三角浪・桟橋の私語ささやき・この真夜中の男女の雑沓・眠ってる倉庫の列・水溜りの星・悪臭・嬌笑。
後方の足軽組などのあいだに、そんな私語ささやきがややざわめきかけたと思うと、たちまち謙信の声と、その姿とが、全軍の上へ向って
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしまたうつせがいが、大いなる水の心を語り得るなら、渚に敷いた、いささがいの花吹雪は、いつも私語ささやきを絶えせぬだろうに。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
誰と一緒に、何処を歩いている、と思ってみた。そして、何の思慮も無い甘い私語ささやきには、これ程心配している親の力ですらかなわないか、と考えた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
第一に九段坂のスリ、次は赤い部屋の奇怪な遊戯、鶴舞公園の不倫な私語ささやき、悪人には相違ないと思ったけれど、まさかこれ程の極悪人とは思わなんだ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
うそさぶそうなお饒舌しゃべりでもなかったが、ただようやく聞取れるか聞取れぬほどのしめやかな私語ささやきの声であった。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
こんな私語ささやきが、誰からともなく皆の耳に伝わったころには、笹村も先生と話をするような機会があまりなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ある夕食ののち倉地は二階の一で葉子を力強くひざの上に抱き取って、甘い私語ささやきを取りかわしていた時、葉子が情に激して倉地に与えた熱い接吻せっぷんの後にすぐ
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
こうお私語ささやきになったままで、なお花をながめて立ち去ろうとはなされないのであった。山から出た日のはなやかな光が院のお姿にさして目もくらむほどお美しい。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
熱心な聴衆のある者の間には、この大胆な、学界空前の発表に対して、折々驚歎の私語ささやきがおこった。
人造人間 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
然らば浮世絵は永遠に日本なる太平洋上の島嶼に生るるものの感情に対して必ず親密なる私語ささやきを伝ふる処あるべきなり。浮世絵の生命は実に日本の風土と共に永劫なるべし。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
示教をい、そのうえ、草木の私語ささやきに聴覚を凝らし、風雨の言動に心耳しんじをすまし、虫魚の談笑を参考することによって、自己の秘願の当不当、その成否、手段、早道はもとより
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
藤次郎の背に乗った私は、「色男」「女殺し」という若者のわめきにまじる「いいわねえ」「奇麗ねえ」と、感激に息も出来ない娘たちの吐息のような私語ささやきを聞き洩らさなかった。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
香水の表情の音色を譬へてみると、私語ささやき、口笛、草笛、銀笛、朝鮮がねの夕暮余音よいん、バイオリン、クラリネツト、バス、テノル、蝶の羽ばたき、木の葉のかすれ、雛のふくみごゑ等がある。
私も亦 人に洩れぬ 私語ささやきで 物語り
五月の空 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
夢の私語ささやき、たわやげる
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
やはらかき私語ささやきまじり
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
原書に時々我流がりゅうの口語や警句を入れて読んでいるにすぎないのであったが、人だかりは熱心に耳をかたむけて、みだりにせき私語ささやきもしない。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然らば浮世絵は永遠に日本なる太平洋上の島嶼に生るるものの感情に対して必ず親密なる私語ささやきを伝ふる処あるべきなり。浮世絵の生命は実に日本の風土と共に永劫えいごうなるべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
仁右衛門はそういう私語ささやきを聞くといい気持ちになって、いやでも勝って見せるぞと思った。六頭の馬がスタートに近づいた。さっと旗が降りた時仁右衛門はわざと出おくれた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
締切ったその二階の小室こまには、かっかと燃え照っている強い瓦斯ガスの下に、酒のにおいなどが漂って、耳に伝わる甘い私語ささやきの声が、燃えつくような彼女の頭脳あたまを、劇しく刺戟しげきした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その手紙の中には高輪時代の楽しかったことを追想し、一緒に品川の海へ出て遊んだ時のことを追想して、女の人から初めて聞く甘い私語ささやきのような言葉の書いてあったことを思出した。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さもないと、あちこちの大頭株あたまかぶから、厄介やっかいな文句が出そうだ。これはどうも普通のスパイのように簡単には扱えない——そこで、第二号を取り巻いて私語ささやきを交し出す。甲論乙駁こうろんおつばく、なかなか決しない。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
士卒は腰兵糧を解いて黙々それに向い始めたが、口に噛む間の私語ささやきがだいぶ聞える。この山中で時ならぬ腹拵はらごしらえは何のためだろうと怪しみ合うのであった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あるいは手を引合って歩く男女に尾行してその私語ささやきぬすみ聞きする事をよろこぶのであった。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かわったコムビなので、二人は行く先き先きで発見された。葉子で庸三がわかり、庸三で葉子が感づけるわけだった。非難と嘲弄ちょうろうのゴシップや私語ささやきが、絶えず二人の神経を脅かしていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
提琴ていきんの音がはたと止む。私語ささやきがしんと鎮まる。信長は教壇に立ってややしばしこの一堂をながめていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どの船からという事もなく幽暗なる半月はんげつの光に漂い聞ゆる男女が私語ささやきの声は、折々向河岸むこうがしなるしいの木屋敷の塀外へいそとからかすかに夜駕籠よかごの掛声を吹送って来る川風に得もいわれぬ匂袋においぶくろを伴わせ
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
が、こんな逢曳あいびきが、世間誰にもわからずに、永続きするはずはなかった。いつしか二人の密会は近所合壁がっぺき私語ささやきとなっていたが、知らぬは亭主の武大ばかり……。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)