確乎しっかり)” の例文
「ああ、妾が必然きっと連れて来て見せるから、温順おとなしくして待っておいで。え、それでもいやかえ。ねえ、お葉さん、確乎しっかり返事をおよ。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は自分の莫迦らしい妄想を嘲笑わらい、何時の間にか眼の前で両手を確乎しっかり固めて居るので急いで其の拳を解き、ふう……と溜息を洩らしました。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
男の何かに確乎しっかりとつかまっていようとする筒井には、妙に貞時の感覚とか印象とか親切さが日をうて加わり、解きがたいものになっていた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「何だねえ、確乎しっかりして御行おいでよ」と私は叱るように言いまして、菎蒻こんにゃくを提げさせて外へ送出す時に、「まあ、ひどい雪だ——気をけて御行よ」
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
唯目がめり込みはしないかと案じられる位確乎しっかり目を瞑っていた。それで皆が「万歳万歳」と喝采した時には、今考えて見ると最早もう岸に着いていたんだ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お爺さんは東海道で有名な古駅に近い大きな農家の男隠居で確乎しっかりした当主の子息もある身の上で、お媼さんはその駅の菓子商を娘の養子にゆずって来て居た。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
膝をいたので、乳母があわて確乎しっかりくと、すぐ天鵝絨びろうど括枕くくりまくら鳩尾みぞおちおさえて、その上へ胸を伏せたですよ。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こういう確乎しっかりとした人物がついていて、何をしているのだ、と思うと共に、その人々の力に及ばぬ、不思議な死を遂げさす力を——何うしていいのか?——左源太は
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
何しろ彼は、商売仲間でははやぶさ英吉と云う名で通って居るけに、年は若いが腕にかけては確乎しっかりしたものである。尾行つけられて居るのも知らない程茫然ぼんやりして居ようはずはない。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
其許そこもとは吉岡方の名目人で、つまりきょうの果し合いの総大将だからの、確乎しっかりしていなければいかんぞ。もうすこしの辛抱、も少し経つと、面白いものが見られるからな。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男女は確乎しっかりと抱きあい、一つになってうずくまっていたところから変だなと思っていると果然くだんの男女は抱きあったまま線路に飛び込み、あわやと思う間に男女共一緒に跳ねとばされたが
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
何か確乎しっかりとしたものにでも執り付いていなければ、何処かへさらわれて行きそうだ。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
お心の底には強いところが確乎しっかりとしておいでになりましたけれど、このごろは、それがゆらゆらと動いておいであそばすようにばかり、わたくしの眼には見えてなりませんのでございます
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
未亡人の亡くなる前後から以来このかたの事は野村にも確乎しっかりした記憶があるのだ。
「今、総之丞から聞いたが、何か確乎しっかりした事を見た者でもあるか」
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「彦ちゃんがもう少し確乎しっかりしていてくれるといんだけれども」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『……オイ、そこにるか?……返事がないぞ……こりゃ大変だ……られたかもしれんぞ……オイそこに居るか?……どうしたどうした?……オイ確乎しっかりせい……警察からも出かけたぞ……警官も……憲兵も出かけたぞ……』
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
せん銅貨どうくわ子供こども確乎しっかりにぎります
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
津の国人は確乎しっかりと足をふまえて、迥か上流を見たが、早、橘親子からは立木がかげをつくっていて見えなかった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「そりゃ貴下あなたさえ其積そのつもりで確乎しっかりしていて下さるなら、私は何年でもお待ち申しますわ」
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「今に見ておいて。必然きっとあの人を呼んで、お前さん達に見せ付けてるから……。嫌われたからと云って、すごすご指をくわえて引込ひっこむようなお葉さんじゃアないんだから……。確乎しっかり頼むよ。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私の云う事も聞いて下さい。私は実際奥さんに敬服しているのです。学問もおありだし、確乎しっかりして居られる。私のとこのお篠などは無教育で困るのです。あんな奴はどうせ追出して終うのですが、どうでしょう、奥さん、私の願いを
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
自分でも確乎しっかりせねばならぬ筈だ。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
やはり女であろうか、筒井はそれも信じられぬことに思われたが、ああいう変に気の好い人というものは自分で確乎しっかりしているつもりでも、つい気の好さから人に愛されるようになる。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
勿論幾分か酔つてはゐるが、足下あしもとの危い程でも無いに兎角とかくに左の方へと行きたがる。おい、田へ落ちるぞ、確乎しっかりしろと、叔父はいくたびか注意しても、本人は夢の様、無意識に田のなかへ行かうとする。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)