びょう)” の例文
紅葉と乖離かいりするのは決して本意ではなかったろうが、美妙の見識は既にびょうたる硯友社の一美妙でなくて天下の美妙斎美妙であったのだ。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
しかし、後代の我々が史記しきの作者として知っている司馬遷は大きな名前だが、当時の太史令たいしれい司馬遷はびょうたる一文筆のにすぎない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
たゞかうすると広い第三の世界をびょうたる一個の細君で代表させる事になる。美くしい女性は沢山ある。美くしい女性を翻訳すると色々になる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
且つ緑翠りょくすいを滴らせて、個々ひとりひとり電燈の光を受け、一目びょうとして、人少なに、三組の客も、三人のボオイも、正にこれ沙漠の中なる月の樹蔭こかげに憩える風情。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私の教育に惜気おしげもなく掛けて呉れたのは、私を天晴あッぱれ一人前の男に仕立てたいが為であったろうけれど、私は今びょうたる腰弁当で、浮世の片影かたかげに潜んでいる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それにしてもこれは宏大こうだいな原野であった。草葉の蔭に背丈を没して、不意に彼らはびょうとした存在に化したのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
鳴海の字訓そのものが、歌人の詠嘆を迎えるようになっているかも知れないが——鳴海そのものにも、びょうたる人生のはかなさを教えるものがあるに相違ない。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
拳をふるってみても、このくらいの大艦になれば、主砲の他に八インチ砲、六吋砲の十二門や十四門は積んでいたであろうから、もはや我々のごときびょうたる駆逐艦としては
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
びょうたる一山僧の身をもって、燕王えんおうを勧めて簒奪さんだつあえてせしめ、定策決機ていさくけっき、皆みずから当り、しん天命を知る、なんぞ民意を問わん、というの豪懐ごうかいもって、天下を鼓動し簸盪ひとう
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
びょうたる練習曲のうちにも、巨大な交響曲に優る芸術的内容が盛られ、その思想の深さ、意図のたくましさ、表現の美しさに百年後のわれわれを驚倒せしめずんばやまないのは
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
桔梗ききょうもまた羞ぢてつぼみを垂れんとす、びょうたる五尺の身、この色に沁み、この火に焼かれて、そこになほ我ありとすれば、そは同化あるのみ、同化の極致は大我あるのみ、その原頭を
山を讃する文 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
おれはびょうたる一平家へいけに、心を労するほど老耄おいぼれはせぬ。さっきもお前に云うた通り、天下は誰でも取っているがい。おれは一巻の経文きょうもんのほかに、つるまえでもいれば安堵あんどしている。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「あまりに短兵急。びょうたる小城一つに、犠牲のみ大きすぎる」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一方はいっさいの影、一方はびょうたる一原子にすぎなかった。
ただこうすると広い第三の世界をびょうたる一個の細君で代表させることになる。美しい女性はたくさんある。美しい女性を翻訳するといろいろになる。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
びょうたるうつせみの一身を歩ませて、限りなき時間の波路を、今日も、昨日も、明日も、明後日も、歩み歩みて、曾無一善ぞうむいちぜんのわが身にかかる大能の情けの露にむせぶ者でなければ
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この問題にくらべると、他のことはすべて、どれもこれも、些々ささたりびょうたることに過ぎない。阿賀妻などのことは吹けば飛ぶ問題だ。おだてあげ喜ばせて開拓の方針に沿わすればよい。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
つまり二千余年の歴史はびょうたる一クレオパトラの鼻の如何にったのではない。むしろ地上に遍満した我我の愚昧ぐまいに依ったのである。わらうべき、——しかし壮厳な我我の愚昧に依ったのである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
びょうたる田舎いなかの神主によってはじめられた、備前岡山の黒住教もその一つであります。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
八畳の座敷はびょうたる二人を離れ離れにれて広過ぎる。間は六尺もある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
びょうたる一粟いちぞくのわが身を憐れみ、昔はここに鹿島神社の神鹿しんろくが悠々遊んでいたのを、後に奈良に移植したのだという松林帯を入りて出で、砂丘を見、漁舟を見、今を考えているうちに
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
隻手を挙ぐれば隻手を失い、一目いちもくうごかせば一目をびょうす。手と目とをそこのうて、しかも第二者のごうは依然として変らぬ。のみか時々に刻々に深くなる。手をそでに、眼を閉ずるは恐るるのではない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)